米国を経由して各国へ流出
今年3月、和牛の受精卵などを中国に持ち出そうとした畜産業者らが逮捕された事件が話題を呼んだ。
「中国では富裕層の間で和牛が珍重されるなど、需要が高まっているからだ。そこに法整備の不備が重なっての不祥事だ」
当時、農林水産省関係者はそう言って憤慨した。一方、中国の活動を監視する外事関係者は、こう語っていた。
「日本の産業技術をすでに盗り尽くした中国は、近年、日本の土地や水資源などに手を伸ばしていたが、ついに魔の手は食にまで迫った。盗れるものは何でも盗ってやれという中国の貪欲さは、このまま放置しておくわけにはいかない」
だが、彼ら当局者の認識に反して、実は和牛はすでに数十年前に海外に流出していたのである。事件発覚後、遅々として対応が進まぬ中、改めて取材を重ねると、農林水産省が作成したある資料に行き着いた。
事の経緯が詳細に記されたその資料とは、農林水産省が主催した『食肉の表示に関する検討会』の第三回目速記録。2006年10月30日に開催されたものだ。
要点を抜粋しておこう。いずれも検討会に参加した豪・米の食肉関連団体関係者の証言である。
《日本からカナダに和牛の精液が1967 年に輸出されました。その後、生体の和牛4頭が米国に1976 年に輸出されました。そして、その後1993 年から97 年にかけまして約200 頭の生体の純血種の和牛、雄、雌両方が米国に輸出され、その後、米国で検疫手続を終えた和牛の精液、受精卵、それから生体の和牛がオーストラリアに輸出されました》(豪州食肉家畜生産者事業団サマンサ・ジャミソン駐日代表)
《アメリカへの和牛の輸出というのは(中略)1976 年に最初に北海道を経由して輸入された。それから1994 年ごろまでですが、精液も含め何度かにわたって入っております》(米国食肉輸出連合会の山庄司シニアマーケティングディレクター)
当時の状況に通じる関係者は、和牛流出後の主な動きについてこう補足する。
「和牛の流出は複数回、いくつかのルートで起こっていましたが、海外での和牛生産が本格化したのは1990年。アメリカ和牛協会(The American Wagyu Association)が設立されたことを契機に、米国で和牛生産が精力的に行われるようになり、それが米国の同盟国にも広がっていったのです」