水中で溺れているような感覚

だがいよいよ、体力の限界が近づいてきた。急に息が苦しくなり、水中で溺れているような感覚に襲われた。
そのときはじめて、私は視線をトラックに下ろした。
2メートルほど先に白線が見える。これはきっと20メートルラインだ。

あと少し、あそこまで歩きたい。

もう、いっぱいいっぱいだけれど、あのラインは超えたい。

3つのことは完全に忘れ去られ、私はもがくように足を振り出していた。すると、どうしてもスピードが抑えられなくなり、内田氏の「いいペース」の声が一段と大きくなった。もちろん頭ではわかっている。わかっているのだが、身体が言うことを聞いてくれない。

もう、あと少し。ここで転んだらおしまいだ。私はなんとか最後の力をふりしぼり、少しだけスピードを緩めた。

「はいっ、はいっ」

転ばないように、転ばないように、内田氏の声に後押しされて夢中で歩いた。

そして、白線を踏んだ。

「オッケイ」

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初めて「タイム」を計る

内田氏の声を聞いた瞬間、一気に身体から力が抜けた。
大きな達成感とともに、私はすぐ前にある北村の胸に倒れこんだ。

拍手はウォレス氏から起こった。
それにつられるように、その場にいる全員の拍手がトラックにこだました。
「すばらしかったよ」
アメリカからやって来た「特別コーチ」が言ってくれた。

僕は走るとき、音に注意深くなることにしているんだ。息づかいや足が着地するときの音。だから今日も、オトタケさんの足音に耳を澄ませていた。いま歩いた20メートルの足音は、それまでの2回とはまるで違う、正確なリズムを刻むものだったよ」

その言葉がうれしかった。

タイムは1分15秒です!

誰かの声が聞こえてきた。
これまでは歩くことに精いっぱいで、タイムを計るどころではなかった。やっとここまで来られたのだ。そこは、2年前の私には想像もつかない場所だった。

私が歩くことで、障害がある人にもない人にも、希望を届けられたら――。
この2年間、ずっとそのことを考えて「義足プロジェクト」に取り組んできた。もちろん、これからも課題はたくさん現れるだろう。しかし、プロジェクトメンバー全員でたどり着いた「20メートル」は、私にとってもメンバーにとっても、きっと大きな自信になるはずだ。

誇らしいチームだと思う。遠藤氏、沖野氏、小西氏、内田氏、それからマネジャーの北村。彼らの存在なくして、とてもここまで来ることはできなかった。何かをコツコツ続けることが苦手な私が地道に取り組んでこられたのは、彼らがみな一緒に歩き続けてくれたおかげだ。そして、今日はジャリッド・ウォレス選手にも、感謝の言葉を伝えなくては。

「歩く」ことに、これだけ困難を感じる人は、あまりいないだろう。しかし、「歩く」ことに、これだけ楽しさを覚える人も、あまりいないだろう。そして、「歩く」ことに、これだけ仲間の大切さを教えてもらえるのは、私くらいのものかもしれない。

私たちは、まだまだ、歩き続ける。    

乙武義足プロジェクトのメンバー。右からプロジェクトリーダーでエンジニアの遠藤謙氏、理学療法士の内田直生氏、乙武氏、デザイナーの小西哲哉氏、義肢装具士の沖野敦郎氏、マネジャーの北村公一氏。挑戦はまだまだ続く 撮影/森清

「乙武義足プロジェクトの挑戦」了

(構成/園田菜々)

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「乙武義足プロジェクト」はまだ続いています。FRaU×現代ビジネスでも引き続き見守っていきたいと思います。

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