日本の観光業の典型はオワコン化している
私は2000年代に、京都の旧市街に点在する伝統的な町家を改装して、一棟貸しの宿に転換する事業に取り組みました。従来のホテルや旅館のように、いたれりつくせりのサービスを揃えるのではなく、お客さんに鍵を渡して、「どうぞお好きにお使いください」というスタイルは、このときに生まれたものです。
京都の風情ある町並みは、木造の町家が作っています。しかし、それらは今の時代に住むには古く、不便だということで、空き家化が急速に進んでいました。何とかその流れを食い止めることはできないかと、頭をひねった末に編み出した枠組みが、町家を一棟貸しする「町家ステイ」でした。

現在はインバウンドブームとともに、古い町家を宿にリノベートする動きが、京都だけではなく、全国に広がっています。しかし私たちが始めた当時、町家を宿泊施設として生かす事業が成功するとは、誰からも思われていませんでした。周囲にいる京都の人たちは、「お客さんはシティホテルを好まはる」「旅館なら、フルサービスでないとあかん」と口を揃え、最後に「そんなん、ここではうまくいかへん」と、否定の言葉を投げてこられました。
ところがフタを開けてみたら、宿は予約でいっぱい。海外からのお客さんが多いだろうと思っていましたが、「一棟貸しのスタイルでは来ないだろう」といわれていた日本国内のお客さんが多かったことは、運営側の私たちにしても予想外のことでした。今振り返ってみると、あれはおそらくオワコン化していた観光業に対して飽きを覚え、新しいスタイルを求めているお客さんが多かったことの表れだったのかもしれません。
世界的に変わりつつある観光産業
かつて携帯電話のドコモはiPhone にずっと抵抗していました。しかし、ソフトバンクが「よし、やろう」ということでiPhone を導入したら、みんながわっと飛びついて、最後にはドコモも切り替えざるを得なくなりました。現在の日本は世界の中でもiPhone のシェアが高い市場になっています。
2000年代のはじめにマーケティングの世界で話題になった言葉が「ティッピング・ポイント」です。これは『ニューヨーカー』誌の記者だったマルコム・グラッドウェルの著書『ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか』(高橋啓訳、飛鳥新社)のタイトルでもあり、「あるアイデアや流行もしくは社会的行動が、敷居を越えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間」のことを指しています。そこから転じて、現在では「臨界点」「閾値」という意味で、多く使われるようになっています。
いつの時代でも既存のシステムや勢力をぶち壊すような何かがないと、産業は活性化しません。iPhone は、まさしく通信産業にティッピング・ポイントをもたらしました。世界の観光産業も同じく、ティッピング・ポイントを迎えています。中国人観光客だけでも、すでに世界の観光地が大きな影響を受けているところに、今後はインド、中近東、南米、その他各国・各地域からの観光客が加わり、観光は桁違いの産業に拡大していくことでしょう。