少子超高齢化した日本を襲う「2022年危機」そのヤバすぎる現実

団塊の世代がついに75歳を超え始める
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社会保障費が膨張する一方で、「社会補修費」不足に悩み、命の危険におびえながら生活する。これが2022年からの日本の姿なのだ。経営コンサルタントの鈴木貴博氏は、こんな未来を予測する。

「社会保障とインフラの維持に多額のコストがかかるようになると、当然、利用者である国民にその負担がのしかかります。昨年より水道の民営化が認められるようになりましたが、自治体によっては10年後には水道代が月に1万円程度になっていても不思議ではない。

そこに高い税金、光熱費、通信費がのしかかる。それらを支払ったら残るのは食費だけ……という人が国民の大半になる状況も否定できないのです。

今後は、『年収が200万円の世代が、なぜ年金収入がそれ以上ある高齢者を支えなければならないんだ!』『自分たちが働いて稼いだおカネが、高齢者を支えるためだけに使われている。それはおかしい!』と訴えるような政治家が現れて、広く支持を集め、世代間の分断が進むことも考えられます。

分断が進めば、社会の一体感が失われ、様々な階層で対立が起こることになるでしょう。『和を以って尊しとなす』という日本の美徳とされてきた価値観が忘れ去られてしまうかもしれない。

人口減少・少子高齢化は、そうした意味でも国の根幹を変えてしまう可能性があるのです」

 

個人でできることは何か

社会の「老朽化」から生じる危機の数々。知れば知るほどめまいがする。この危機を突破する方法はあるのだろうか。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を著したエズラ・ヴォーゲル氏の息子で、カリフォルニア大学バークレー校のスティーヴン・ヴォーゲル教授は、こう言う。

「確かに、このままいけば日本は奈落の底に落ちるでしょう。しかし、救われる道はあります。シンプルな提言のひとつとして、教育への投資があります。

日本の教育レベルは高いですが、ITなどソフトエンジニアリングの教育は世界と比べると遅れているように見えます。労働力の不足を補うためにも、IT活用は必須です。それを駆使できる人材を育てるため、教育への投資を進めるべきなのです。

このような、考え得る限りの改革をいち早く進めること。いまはまだ、日本の人口も年齢構造も安定した状態にありますが、これが崩れるまでに改革を進めなければ、地獄のような状況が待っています」

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国や社会がやるべきこととは別に、個人が生活を守るためにできることはあるのだろうか。経済評論家の森永卓郎氏は、ひとつの選択肢として、「都市部に住むことをあきらめること」を提案する。

「いまの年金制度を考えると、今後、受け取る年金額が減少することは避けられません。月十数万円程度に減額された年金で暮らすにはどうするかを考えるしかないわけです。

具体的な選択肢のひとつが、地方に移り住むこと。不動産価格が急落するということは、住居にかかる費用も下がるということです。

東京から50km圏内の郊外の中古物件であれば、いまでも200万円ぐらいで購入できる。物価も都心の3割ぐらい安くなるので、生活コストを下げることができます。

『そんなことでなんとかなるのか』あるいは『そんなことができるか』と思われるかもしれませんが、ここまで問題が深刻化してしまったいま、個人でできることは『そんなことぐらいしか残されていない』と現実を直視して、行動に移すことが大切なのです」

いまから2000年以上前、共和政ローマ期の政治家にして文筆家のカエサルは「多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」という言葉を残した。はたして現代の日本人は、この数々の危機を直視し、奈落を避けることができるのだろうか。

「週刊現代」2019年10月5日号より

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