2019.10.24
# 鉄道 # MaaS # JR

JRも自動運転を採用、「運転士が消える日」は来るのか

無人化は実現するか、それとも…
杉山 淳一 プロフィール

ただし、人件費の削減イコール無人運転化ではない。運転士は動力車運転免許取得、技術の維持などの費用がかかる。自動運転化すれば、その費用は削減できる。発車スイッチ、非常ブレーキの操作については「運転」と見なすか否かの議論もあるだろう。今後は警備士のように、検定を受けるか、実技無しの特別講習によって資格を得る「動力車管理士」などを整備するなど、法律を整えていく必要があるかもしれない。

個人的には乗客に対しては人が対応してほしいと考えている。運賃精算、案内のほか、さまざまなトラブル対応のために、車掌の乗務はやはり必要だ。乗客は安全だけではなく安心も求める。安全は装置で解決できても、安心は人が担保する必要があると思う。

 

列車運行業務のすべてを自動化するとして、つきつめれば、泥酔客の吐瀉物を掃除するロボットを全編成に配置するのか、という話になる。いまだ、ヒューマン形アンドロイドが何でもやってくれるなんて夢物語だ。対人サービスにおいて、汎用性の高い装置は生身の人間であり、だからこそ、機械の導入コストより高い報酬であるべきだ。

そして、「人間は間違う」「機械は間違わない」という思想には警鐘を鳴らしたい。機械は人が設計するものであり、量産すれば同じ仕様が大量に普及する。そうなると、1つの設計ミスや不具合によって、すべての機械が同じ間違いを起こす。

その教訓が無人運転のシーサイドラインの事故だった。1つの列車の事故原因は、すべての列車で内包していた。したがって、全路線で機能を停止し点検する必要があった。

同じ路線だからその路線の停止で済んだ。しかし、無人運転が全国、あるいは世界の路線に普及したとき、1つのエラーによって同時に別の場所で事故が多発するおそれはある。杞憂だと思うけれども、これまでの安全施策から自動運転までのステップに比べて、自動運転から無人運転に上がるハードルはかなり高い。

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