天才が生涯でいちばん輝いた年…「1995年のイチロー」は凄すぎた

河村健一郎×パンチ佐藤×岩本勉
週刊現代 プロフィール

河村 そのスター性を真の意味で発揮したのも、'95年だったかもしれません。なにせ、1番打者なのに、リーグトップの80打点ですから。

岩本 とにかくチャンスに強かった。たとえば8回、9回でこちらが3点リードしていて満塁でイチローを迎えたら、敬遠して歩かせてもOKという作戦でした。走者一掃のヒットを打たれるなら、押し出しで1点あげて次のバッターと勝負したほうがいい、と。そんなバッターでした。

佐藤 盗塁も49個で、前年より20個も増えた。

河村 この年の打点王と盗塁王の同時受賞はプロ野球史上初で、その後も誰もできていない快挙なんだよね。イチローのためにある1年だったと言っても過言ではない。

岩本 そして、イチローの成績に引っ張られるかのように、'95年にオリックスは念願のリーグ初優勝を果たします。

 

佐藤 当時のオリックスには、野手では田口(壮)やニール、投手では長谷川(滋利)や星野(伸之)など、一流の選手は集まっていました。それでも、僕が在籍した'94年までの5年間で、「優勝しよう」という言葉は一度も聞いたことがなかった。それが、阪神・淡路大震災で、みんなが「がんばろうKOBE」というスローガンのもと一つになった。

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岩本 オリックスのファンの声援も大きかったと思います。毎試合、盛り上がりもすごかった。当時、あまり人気のなかったパ・リーグでも、オリックス戦は、いつも観客がいっぱいでした。

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