2019.11.02
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江國香織が驚愕! 片岡義男の「言葉をあやつる」凄いテクニック

小説の書き方「超入門」前編
片岡義男×江國香織×佐々木敦

物語の邪魔をしない書き手

佐々木:江國さんはどうですか?

江國:私はストーリーの論理という言葉で思ったことはないですけれど、すべての小説には行くべき場所があるとは思っていて、作家にできるのはそれの邪魔をしないことですね。だから私は観察しながら書いていって、自分の都合で何も動かさないようにっていうことに気をつけています。

行くべき場所、それから選ぶべき言葉、ちっちゃい場面に至るまで、例えばある登場人物が喫茶店に入ってコーヒーを飲むのか紅茶を飲むのか、にも絶対に正解がある。その小説なりの、あるいはその場面、その人にとっての。そのいちいちは間違えたくないですね。それが小説の、ストーリーの論理なんだろうと思うんですね。

 

片岡:そのとおりです。

江國:それは行くべき場所というふうに私は今まで思っていて。すべての小説には行き着くべき結末があって、と。ただ私はその結末を長編の場合特に、まったくわからずに書いていて。

佐々木:あるんだけど、自分がわかっているわけじゃないんですね。

江國:決めずに書くんですね。長編を書く時にある程度プロットを立てるっていう作家の方もいらっしゃいますけど、私はそれがだめで、最初、あるいは小説が始まる以前のことだけを決めて。

登場人物がこうで、両親がこうで、お友達がこうでみたいなことを決めたら、そして何が起こるか、どこに行くかはわからないまま書くんです。でもその時から行くべき場所は絶対にあるはずなので。

佐々木:その確信はある。どこかはともかく。

江國:はい。どこかはわからないけれど、全部を、コーヒーなのか紅茶なのかを間違えずに書けば、赤い服を着てるのか青い服を着てるのかを間違えずに書いていけば、必ず正しいところにたどり着けると思って書いてるんです。それがたぶん、片岡さんのおっしゃる論理に近いものなのだと思います。

片岡それはいいですね。自分の都合で変えたくないっていうのは、大変いいです。というのは、自分の都合で好き勝手に書いてる人たちが、大変多いと感じているからです。

佐々木:作者だからって好き勝手しちゃいけないんですね。

片岡:そうです。だから、書き手はストーリーの邪魔をしてないわけです。大変いいですよ。江國さんは書き手の見本みたいな人です。

→後編「書くべきものは意外なところにあった!」はこちら

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片岡 義男(かたおか・よしお)
1940年東京生まれ。早稲田大学在学中にコラムの執筆や翻訳を始める。74年「白い波の荒野へ」で作家としてデビュー。翌年発表した「スローなブギにしてくれ」で野性時代新人文学賞受賞。小説、評論、エッセイ、翻訳などの執筆活動のほかに写真家としても活躍している。小説『ロンサム・カウボーイ』『彼のオートバイ、彼女の島』『この冬の私はあの蜜柑だ』『ジャックはここで飲んでいる』『と、彼女は言った』、評論『日本語の外へ』、エッセイ『万年筆インク紙』、写真集『私は写真機』ほか著書多数。
江國 香織(えくに・かおり)
1964年東京都生まれ。2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文芸賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞を受賞。小説のほか童話、詩、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。
佐々木 敦(ささき・あつし)
1964年名古屋市生まれ。批評家。早稲田大学文学学術院教授。文学、映画、音楽など幅広いジャンルで批評活動を行っている。『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』『あなたは今、この文章を読んでいる。』『シチュエーションズ』『批評時空間』『未知との遭遇』『私は小説である』ほか著書多数。

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