「自分/他人は何者かである」という考えは、つねに誤謬である

失われた小説をもとめて【4】
藤田 祥平 プロフィール

北海道までどう行けばいいか

かつて私は学生旅行で淡路島のホテルに泊まったことがある。同行した私の指導教官はたいへんな酒好きだったのだが、その作法はじつに上品で、こんなに綺麗に酒を飲めるならいいなと思って、私はあの時期、彼の仕草を体得しようと、彼の真似ばかりやっていたように思う。ホテルの周辺でしこたま飲んだのち、スナック『海』たる名店に突撃し、お姉さんによる浜崎あゆみのカラオケを堪能し、シメにウォッカとライムと塩をショットで持ってきてもらい、師弟の契りをあらためて交わした。

その翌朝、ほかのゼミ生たちが起きていくなか遅れまいと、私たちは宿酔の身体を引きずり、朝食会場までたどり着いたのだが、そこで二人とも何故かむきになって、弱った胃のなかへ朝飯をかきこんだ。なんの意地を張っていたのかは、まったくわからない。若さを示したかったのか、上げ膳下げ膳の贅沢に卑しくも浴したかったのか。とにかく、私たちは茶碗に三杯を食べた。

そのときとおなじような動機で、私は翌朝、青森のホテルで、朝食をむりやり食べた。

ひとりでやると、我が身の勝手がひしひしと感じられるばかりで、茶碗に半分も入らなかった。

二度と立ち上がりたくないほど怠かったが、行かないわけにはならぬ。

人生の終わりに死があるように、すべてのホテルには朝十時のチェックアウトがある。

運転席のシートを倒して身体をあずけ、しばらくのあいだ完全にまいっていたが、こうして宿酔を感じているくらいなら走ったほうがましだと思い、行くことにした。

 

アルミニウムの板をもちいてルートを調べた。

北海道までは、どんな道で行けばよいのか。

いつか古の書物で読んだ、青函トンネルというやつを通るのだ、と検討をつけていた。

本州と北海道をつなぐ巨大なトンネル。車で走れば、さぞかし壮観であろう。などと、ちょっと楽しみにしたりしていた。

おそろしいほどの阿呆である。

調べていくうちに、青森と函館をつなぐ青函トンネルは、鉄道限定の隧道であって、一般車両は通行できないことがわかった。

何だと? と、私は独語した。

さらに調べていくうちに、青森と北海道をつなぐ車両の道は、フェリーしかないことがわかった。そして、そのフェリーの本数はじつに少なく、もう青森港発のものは出てしまっていて、今日中に北海道に着くなら、恐山を擁する下北半島の北端にある、大間という港まで行かねばならないことがわかった。

これは本州最北端の港であるとのことだった。

ものは試し、ナビゲーション・システムを起動してルートを入力すると、たったいま出発すれば出航の三十分前に着く、というような結果が出た。

私は津軽海峡フェリーたる会社に電話をかけた。

「あのう、今日、はじめて利用したいと思っているのですが、着く時間がぎりぎりになりそうなんです。三十分前に着いたとして、そこから車ごと乗船できるものでしょうか? 予約なんか、必要だったりしますか?」

大丈夫ですよ、お車でいらっしゃるなら車検証をお忘れなく、と、お姉さんが言った。

そのお姉さんのしゃべり方がすてきだったので、私はありがとうと言って電話を切り、エンジンをかけた。

これが、つぎの間違いのはじまりだった。

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