死は必ず来る。死ぬ瞬間はつらいのか、痛いのか、それとも幸福なのか

すべての先人たちが直面した悩みと現実
週刊現代 プロフィール

「何かを考えている状態ではない。何かを享受しながら、なされるままになっていくということでしょう。私が見送った方のほとんどは、安らかな顔で眠っていました」

怖がることはない。死の瞬間に見ることのできる「走馬灯」をより濃厚なものにしておくだけだ。

人間は最初から「余命宣告」されている

自分はまだ死なない。だから、死ぬことなんて考えていられるか。そう思っている人もいるだろう。しかし、いざ死を前にすると、ほとんどの人はそれをすぐには受け入れられず、精神的に動揺してしまう。

前出の前野氏は、「死期が迫ったとき、はじめて激しい心の変化を体験するのは、場当たり的な生き方にすぎない」と言う。

「死ぬ直前になって、死ぬとはどういうことかと悩み、答えが見つからず、苦しみ、悲しみ、鬱状態になり、最後には疲れ切って『受容』する生き方ですよね。それよりも、あらかじめ死とはどういうことかをはっきり理解したほうがいい」

 

長く生きてきて、その最後が訳もわからず混乱のうちに終わるのでは、その人の人生は虚しい。前野氏が続ける。

「誰もが死ぬこと自体は理解しているのに、人は普段は死の恐怖にはさらされない。だから『余命宣告』をされた途端、急に死が怖くなる。

しかし考えてみれば、人間はもともと『余命100年』を最初から宣告されているわけです。死を常に自覚しながら、思いっきり好きなことをして楽しく生きるべきです」

宗教学者の島田裕巳氏は、現代の日本人の死生観は、長寿化によって明らかに変質したという。

「敗戦後の日本人の平均寿命は50歳で、いつまで生きられるかわからないから死ぬまで生きるという死生観でした。

ところが今は90代まで生きるんじゃないかという時代で、先があるのが当たり前だと信じて生きている。死に対する現実感が希薄になったといえます」

死が遠くなりすぎ、いざという時に慌ててしまうわけだ。

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