ヨシタケシンスケの絵本が小学生にも大人にも「驚異的にウケる」秘密

「答えのない時代」をどう生きるか?
飯田 一史 プロフィール

「答えのない時代」を象徴する絵本

90年代以降、学校教育では調べ学習や総合的学習、探求型学習といった「主体的で対話的な深い学び」が重視されるようになった。

今の子どもたちはかつてより、与えられた問いに対して自分なりに調べ、考え、答えを出す訓練をされていると言えるだろう。しかし、調べ学習といっても、小学生の知識や能力で「ユニークな知見」にたどり着くことは容易ではないし、教える側の都合や限界もあって、なんらかの「答えがある調べ学習」をやらされることも多い(中高以上になると事情は変わってくるが、小学校では特にそうだ)。

まさに、ヨシタケ作品で描かれる「大人って、言ってることとやってることが違うよね」というやつだ。

 

いまの小学生、特に主体的な学習を求められる機会が増える中〜高学年の子どもたちは、「君たちは答えのない時代に生きている」などとよく大人たちから言われるのに、学校でやらされるのは「答えがある(とされている)問題」ばかりであることに違和感を抱き、窮屈に感じているはずだ。

「これからの時代は、自分の頭で考えられるようにならないとやっていけない」と子どもに語る大人は多いが、子どもが自分の頭で目一杯考え、思うがままに想像してみる機会を、意外と大人は与えていない。

だから、大人に理解されない(されなくてもいい)くらい自らの溢れる想像を思う存分に広げられる場所、「自分だったらこう思う」「こうだったら面白い」と、自らのクリエイティビティを真に発揮できる場所を、おそらくは求めているのだ。

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ヨシタケシンスケの絵本には、問いがあり、それに対する想像がいくつも提示されてゆくが、唯一絶対の答えがあるわけではない。オープンエンドである。その点が多くの図鑑や推理もの、科学系の読みものとは異なる。

そして、すぐれた問いかけに対する想像は、年齢によって、個々人の発達の度合いによって、また個性によって、それぞれにまったく違う。だから幅広い年齢の人間が参加し、楽しむことができる

3歳児でも、小学校の中高学年でも「りんごじゃないかもしれない“これ”は一体なんなんだろう?」「死んだら人はどうなっちゃうの?」といった問いを、自分なりに掘り下げて考えていくことができる。そこには正解も間違いもない。だから、安心して想像の翼を広げられる。

おそらくここにこそ、ヨシタケシンスケの絵本が未就学児から小学校高学年にも強く支持される理由がある。

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