中国・習近平「ウイグル人に容赦するな」極秘文書流出、衝撃の全貌

「弾圧マニュアル」も作られていた
奥山 真司 プロフィール

スピーチの内容からは、習近平自身がウイグルの独立派の動きやその歴史について(北京政府の公式見解そのものであるが)かなり詳しい知識をもっていることがうかがえる。

ここから言えるのは、収容所を次々と建てた現地担当者こそ2016年8月にチベットから移ってきた陳全国(Chen Quanguo)ではあるが、方針転換を指示したのは、習近平本人であったということだ。

後世において、この恐ろしい人権侵害の実態が非難されることになるとすれば、その責任を負っているのはまさに習近平その人であることが、今回の報道によって証明されるだろう。

 

「ソ連の統治は生ぬるかった」

3つ目の論点は、イスラム教過激主義を弾圧するための手段として、習近平が新疆ウイグル自治区の経済成長を諦めたという点だ。

たとえば、この文書に収録されている演説によると、習近平は「ソ連崩壊」を自らの統治の教訓としており、一言でいえば、

「ソ連の統治はイデオロギー的に甘く、リーダーたちも生ぬるかった」

と見ているという。

そのため、習近平は中国共産党の支配に対するあらゆる挑戦を排除することに集中しており、いわゆる「人権派」を積極的に逮捕し、新疆ウイグル自治区では民心掌握の基礎である「経済発展」さえも民族分離主義を助長するおそれがあるとして、経済発展よりも現地人の再教育・監視強化に動いたという。

文書からは、これに対して現地政府官僚たちから「経済発展を必要としている現地の実情を見ていない」と相当の不満が表明されたことがうかがえる。

反発した共産党幹部の中には、強制収容所から7000人もの囚人を逃す者も現れたことは、すでに述べた通りである。

ただ、こうした反対派の動機も日本の価値観からは微妙に離れており、強制収容所に若者が収容されてしまうと(実際は老人も多く収容されているらしいのだが)労働人口が減り、経済活動が制限される結果、自分たち幹部が賄賂を受け取ることができなくなり、党における出世が遅れてしまう、という懸念が大きいのだという。

つまり、ウイグル人を助けた動機は人道的なものではなく、あくまでも自分の出世のためであるという点は特筆すべきだろう。

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