国は戦争被害者が死ぬのを待っている?戦後補償問題の「厳しい現実」

この悲劇を繰り返さないために…
栗原 俊雄 プロフィール

まずは現実を知ってほしい

さて筆者は、議連のたびに取材している。毎回足を運ぶ議員はもちろん、やってこない議員にどれだけ参加してもらうかがカギ、と思っていた。そういう意味ではこの日、いずれも初めて参加した平沢勝栄、松島みどり両衆院議員のあいさつが注目された。

平沢議員は空襲で甚大な被害をこうむった江戸川区や葛飾区が地盤だ。「『なぜ今までこのような法律ができなかったのか』と言われればまったくその通り。今までやってきたいろんな議員立法よりこっちの方があるかに優先度がある。反省しています。一刻も早くこの法律が実現するように努力したいと思います」と述べた。

松島議員は同じく空襲で壊滅した墨田、荒川区が選挙区だ。国による東京大空襲の慰霊碑建設運動に関わる反面、空襲被害者救済法の実現とは縁が薄かった。

しかしこの日は「(筆者注。身体障害者などに対象を限定した救済法の内容を知り)こういう形で法整備ができる。今まで最初から無茶なんじゃないかと思ってきた自分を恥じています」と話し、法案成立に協力することを誓った。

与党の議員、かつ空襲で甚大な被害を受けた地域から選出されている議員の言葉だけに、全空連のメンバーや支援者にとっては大きな意味のある言葉だった。空襲被害者や弁護士らの地道な活動の成果である。筆者はただ、「下町の議員にさえ、この活動は知られていなかったのだな」とも感じた。

 

全空連の人と支援者たちは、命を削って闘ってきた。名古屋大空襲で左目を失うなどの重傷を負い、40年近く補償実現運動の先頭に立ってきた杉山千佐子さんは2016年、101歳で亡くなった。東京大空襲国賠訴訟の原告団長として仲間をリードした星野弘さんも昨年、87歳で後を追った。

河合さんたちは毎週木曜日のつじ立ちで、「戦争の後始末は済んでいない! もう待てない、空襲被害者救済を!」とある横断幕を掲げる。「空襲被害者に人権はないのか」との幟もある。

筆者は長く戦後補償問題を取材してきた。その経験から「行政も司法も立法も、戦争被害者たちがいなくなるのを待っているのではないか」と思わざるを得ない。救済法の内容には、多々疑問を感じている。しかし少しでも良い方向へ向かう一歩として、実現させなければならないとも思う。

全空連は今月6日正午、そのつじ立ちの場所で大規模な集会を開く。戦後75年である2020年での立法実現に向けた正念場だ。「空襲被害者への補償は済んでいる、と思っている人が多い。そうでない現実をまず知ってほしい」。河合さんはそう願っている。

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