2019.12.03
# 企業・経営

プロ経営者・原田泳幸氏は、マクドナルドで結局「何をしたのか」

タピオカ大手の社長就任を機に振り返る
福田 健 プロフィール

2006年にはナイキジャパンの部長だった臼井興胤(現コメダ社長)をCOOとしてスカウトしたものの、1年足らずで解職、訴訟沙汰になっている。2005年に代表権を持つ取締役に就任していた生え抜きの下平篤雄も、2009年には最大手FCのクォリティフーズに出向、そのまま転籍させている(2015年、本社の代表取締役に復帰)。とくに後者は、原田の意向が強く働いた人事とされている。

マクドナルドから社外に出た人材も多い。ファミレス最大手のすかいらーくには10人以上の幹部・中堅社員が転職している。他にもモスフードサービス、バーガーキング・ジャパンなどに移った幹部がおり、彼らは現在もそこで力を発揮している。

 

FC化の推進

最後に(4)について述べたい。いまやマクドナルドのビジネスにはFCが欠かせない。FC=フランチャイズとは、本社とは独立したオーナーが本社の営業ノウハウや商品などを使って商売するビジネス形態である。本社はFCにノウハウやブランドを提供する見返りとしてロイヤルティを受け取る。

マクドナルドがFC制を導入したのは1979年、本格化したのは1990年代のこと。やはり狙いは人件費の削減だった。

「それまでは直営店が主体だったので人件費の負担が重かった」(元FC事業担当者)

だが、急速なFC化は経験の浅い店長を増やし、サービスの低下につながる。

「粗製乱造で、本当に独立させていいかという人物も含まれていた」(同)

当時、FCオーナーが所有する店の数は平均で2〜3店舗だった。この規模では、数年に一度行う店舗の全面改装費用を捻出するのもままならない。そこで原田は2006年にFC事業の再構築を打ち出す。当時、総勢で400人近くいたFCオーナーから本社が店舗を買い取ったり、他のFCに売却させたりすることで、半分以下に集約した。

加えて直営店をFCに売却することで、オーナーが保有する平均店舗数を増やし、財務基盤の強化をはかったのである。この点について原田は「オーナーあたりのキャッシュフローは改善している」と改革に自信を示していた。

結果、マクドナルドの店舗数は、2004年には直営2686店、FC1088店だったのが、2014年には直営1009店、FC2084店と、FCのほうが多くなっている。直営からFCに売却された店舗は、閉鎖済みのものも含めて1400店以上に達している。

こうした4つの改革は、大きな成果をあげ、「原田マジック」と謳われた。

ただし――それは2010年までの話だった。

【後編に続く】

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