2019.12.06
# エンタメ

31歳で夭逝した美しき天才歌手・村上幸子をご存知か

今なおファンが増え続ける
小泉 カツミ プロフィール

お母さんとの出会い

飛鳥さんは、村上幸子のことを一緒に調べてくれた山口真里子さん(通称、MARIさん)を伴い、幸子の墓がある新潟県村上市を訪ねたのだった。墓は容易に見つかったのだが、生家を探すのが大変だった。MARIさんが言う。

「地元の人なら村上幸子のことを知っているだろうと思ってたら、甘かったんですよ。もう過去の人すぎちゃって。四苦八苦の末、何人かの人に聞いてようやくたどり着いたんです」

1988年12月16日、マスコミあいさつ回りの途中 写真提供/蘇我飛鳥
 

そしてMARIさんは「ここに来るのも最後だと思って」記念に玄関の写真を撮った。すると、部屋のカーテンがパッと開き、窓から覗いた女性から声をかけられた。

「じろっと睨み付けられたんです。そして玄関から出てこられて『写真に撮られるような立派なうちではございませんので、お写真はご遠慮願います』と強い口調で言われました。『悪いことをしたな』と恐縮していたら、『せっかく来てくださったんだから中に上がってご仏壇に』とおっしゃってくれたんですね」

その人こそ幸子の母親、鈴木一子さんだった。飛鳥さんが言う。

「それが始まりでした。このお母さんとの出会いがなかったら、墓参りだけで終わってたはず。それからお母さんとの交流が始まって、私たちと村上幸子さんとの旅が続くことになりました」

「店仕舞い」のあとで

飛鳥さんたちが墓参りをした2013年の前年が、村上幸子の23回忌だった。それを区切りに、これまで続いてきたファンクラブ、後援会、すべてが「店仕舞い」を宣言していた。

飛鳥さんは、2013年の命日に、再び幸子の実家を訪ねた。

「寂しいものでしたよ。集まったのは、地元の後援会の人たち数人と私だけでしたね」

そして飛鳥さんに向けられたのは、「あんた、何者よ?」という視線だった。

「昔のファンクラブの方にとって村上幸子は、『さっちゃん』なんですよ。妹というか娘みたいな感じ。彼女が有名になる前から、ずっと応援してきたわけだから『俺たちが育ててきた』という自負がある。お前らより俺たちのほうがよく知っている、という意思が伝わって来ました」

関連記事