──人がモノに触れたときに感じる感覚は個人差があるし、あやふやで曖昧な心理現象に思える。
とくに、「しっとり感」は英語などの他言語では表現が難しい不思議な感覚だ。
山形大学・野々村美宗教授らの研究グループでは、オリジナルの摩擦評価装置を開発し、「しっとり感」の物理的なメカニズムの解明に成功した。この研究成果は、化粧品や自動車、衣服、バーチャルリアリティなどさまざまな分野への応用が期待されている。
化粧品の「触感」に魅せられて
化粧品会社で10年以上にわたって研究員を務めていた経歴を持つ野々村美宗教授は、その経験を生かし、山形大学で国立大学としてはおそらく唯一であろう「化粧品学」の講座を開講している。
化粧品開発の一環としてクリームやパウダーの塗り心地、触り心地を評価するうち、手触りといった触感への興味が高まり、研究者として大学に着任するに至ったという。

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野々村教授がとくに注目した触感が、化粧品や繊維商品で重視される「しっとり感」。
辞書によれば「湿る程度に濡れている様子、適度に水分を含んでいるさま」などと定義されているのだが、私たちは布や本革など液体を含まない物質にもしっとり感を感じることがある。
しかも、日本では日常的に使われているにもかかわらず、英語をはじめとする他の言語には、対応する単語すらない。
野々村教授は、こうした不思議の数々にも研究意欲をそそられ た。
「しっとり感」の物理現象を解明
野々村教授の研究室では、電気通信大学の坂本真樹教授らとの共同研究で「しっとり感」という心理現象の物理的メカニズムの解明に乗り出した。
まず、最も鋭敏な触感を持つとされる若い女性20名(学内の20〜25歳)を対象に、化粧用粉体、人工皮革、ゴム、金属など12種類のいろいろな材料について「しっとり感」の官能評価を実施。

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その結果、「しっとり感」が最も高いのはファンデーションの原料である化粧用粉体で、「湿り感」と「なめらか感」とが組み合わされると「しっとり感」として認知されることを明らかにした。
さらに、「しっとり」という単語について、子音・母音の種類、濁音の有無などの音韻学的な特徴を調べ、それをオノマトペ(擬音語・擬態語の総称)52語の印象について調べたデータベースに当てはめて、その印象を予測した。
すると、音韻学的にも「湿り感」と「なめらか感」「冷感」などと結びついていることが確認されたのだ。