狙いは「3000年分の泥」 マヤ文明衰退の謎に迫る大冒険!

ワニにも負けず、資金不足にも負けず…
北場 育子 プロフィール

年縞とは、1年に1枚形成される薄い地層のことであり、季節によって違うものが降り積もることによって形成される。いわば、土の年輪みたいなものだ。

福井県・水月湖の年縞は、世界的にも有名だ。
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赤道に近いマヤ地域にも、明瞭な季節がある。雨季と乾季だ。

宇宙から地球を眺めてみると、赤道をぐるりと取り囲む雲の帯が見える。赤道域には、太陽の強い日差しが降り注ぐ。日差しによって温められた空気は軽くなり、強い上昇気流ができる。この上昇気流によってできた分厚い雲の帯。これが熱帯収束帯だ。

熱帯収束帯(赤道上空にある雲の帯)©NASA
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この雲の帯は、夏の夕立ちのような強い雨を降らせる。太陽は、夏至から冬至にかけて北から南に動いていくので、この雲の帯も太陽を追いかけるように北から南へ移動していく。

熱帯収束帯が上空にやってくると、マヤ地域は雨の季節になる。冬に向かって熱帯収束帯が南に去っていくと、今度は乾いた季節がやってくる。そんな風にリズミカルに変わっていく気候は、この地域にシマシマの足跡を残していくはずだ。

シマシマの足跡には、文明衰退の謎を解き明かすための2つの大切な情報が刻み込まれている。

 

1つは、時間。そしてもう1つは、気候(気象)だ。

1年に1枚ずつ積み重なっていく縞模様は、時間そのものである。今年できた縞は2019年、その1枚下は2018年、さらに1枚下は2017年……といった具合に、シマシマを1枚ずつ数え上げていくことで、時間を1年ずつさかのぼっていくことができる。

それだけではない。1枚の縞の中の黒・白パターンは、雨の量の違い(雨季と乾季)によって作られている。つまりこの縞の中には、その年の特定の季節に降った雨の量が記録されているのだ。

古代マヤの人々は、とてつもなく正確な暦と歴史の記録(碑文)を遺してきた。地層に刻み込まれた地質学の記録と、遺跡に遺された考古学の記録──これらの証拠を組み合わせれば、気候変動が古代のマヤ人たちに何をしたのか、明らかにすることができる。

ピエドラス・ネグラス遺跡の玉座1(グアテマラ・785年)。精巧なマヤ文字の碑文が彫り込まれている。
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この謎に迫るべく、私たちはグアテマラの年縞研究に着手していた。

しかし、足かけ3年の研究で分かったことは、私たちがグアテマラで手に入れた年縞は最近の567年プラスマイナス4年分、つまり大部分がコロンブス後の時代のものであり、マヤ文明がさかんに盛衰を繰り返した時代には届いていなかった、という事実。

マヤの年縞から、驚くほどに精密な時計と異常気象の記録が手に入ることがわかったのに……ものすごく悔しい。そんな時だった。

「メキシコで年縞を探してくれませんか?」

メキシコにあるマヤの遺跡で考古学の調査をされていた猪俣教授のひとことで、新たな冒険の旅が始まった。

年縞はどんな湖で見つかるのか

それから3年間、私たちは毎年メキシコに出かけては、湖を掘りまくった。猪俣教授の得意技である航空レーザー測量(ライダー)とグーグルマップの航空写真で湖にあたりをつけた。

狙うのはもちろん、年縞が「ありそう」な湖だ。

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