2019.12.17
# 国際・外交

ウズベキスタンの大統領がやってくる。その意味と価値をよく考えよう

ロシアでも中国でもなく、なぜ日本に?

17日、中央アジアの雄、ウズベキスタンからミルジヨエフ大統領が就任後初の訪日でやってくる。2015年の安倍総理による訪問の答礼で、いろいろやってやっとこの期日で合意ができたということだ。

だから「この時期になんで?」と問うのは野暮。しかし、訪問自体は重要だ。様々の期待をかけての訪日だけに、この中央アジアのキーとも言える国の大統領の気をそらしてはならない。

筆者は以前、この国で大使をやっていたので、ウズベキスタンという国の性質、そしてこの訪問の意味、つまり先方として期待するところ、そして日本側としてできること、やるべきことを、解説しようと思う。

 

ウズベキスタンのイロハ

日本から飛び立って新疆の砂漠を越えると、雪をかぶった山脈が眼下に現れる。

このあたり、世界でも飛行機の窓からの景色が最も美しいあたりで、それを飛び越えると緑のフェルガナ盆地、そしてその先に中央アジアと呼ばれる広大な大地が広がる。

そこは砂漠、そして草原が広がる地域なのだが、天山・崑崙両山脈から流れ出る2つの大河、シルダリヤとアムダリヤに挟まれた辺りは、「オアシス」というより、同じく2つの大河に挟まれた古代メソポタミアに匹敵する、広大で肥沃な農耕地帯なのだ。

中央アジア、つまりウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタンの5カ国は、ロシア語を話す、ロシア文明圏の国々だ、と我々は何となく思っているが、さにあらず。この地域、特に南半分は、ロシアをはるかにしのぐ長い歴史を持つ、ペルシャ帝国の一部であった。ウズベキスタンにあるサマルカンド、ブハラなどの古都は、昔はペルシャ帝国の主要部を成していたのである。

しかし中央アジアは、中世以降、停滞し、19世紀にはロシア帝国に武力で征服されてしまう。この時以来ロシア語が定着し、今でも中央アジア諸国の上層部は民族語よりロシア語で勤務し、生活している。

そしてロシアに組み込まれてからは、イスラムも抑え込まれた。だから、中央アジアの大都市ではヒジャブを被った女性は見当たらないどころか、政府でも高い地位についている者が多い。イスラムは狂信の対象ではなく、生活を静かに律する道徳律として存在している。

その中央アジアは1991年、ソ連が分解したことで、独立を手に入れた。今の5カ国はこの時、史上初めて成立したのである。

と言うのは、この地域にはクシャン王朝(1~3世紀)とかチムール帝国(1370~1507年)のような帝国的存在、あるいはサマルカンド等を核とする都市国家しかなかったので、今の5カ国はソ連時代に作られた行政区画(一応民族毎の境界線になってはいるものの、実際には入り乱れている)に沿って独立したからだ。

ウズベキスタンはこの中で、人口は約3200万と突出して多く(GDPは約500億ドルで、石油大国カザフスタンのGDP約1600億ドルに及ばない)、軍事力、警察力も整っている。農業では中央アジアで最大の生産量を持ち(特に綿花)、ソ連が戦時中工場を移転したこともあって、工業の基盤もある。

以前、韓国の大宇が建設した自動車工場は、今でも乗用車をロシア等に輸出しているし、日本ではいすずも小型バス生産工場をサマルカンドに展開している。

ウズベキスタンのGDPで、工業は農業とほぼ同等の比重を持っている(約15%。最大はサービス部門の約45%)。

自分の手でモノ、作物を作る勤勉さが備わっている点で、中央アジアでは傑出した存在なのだ。1人当たりのGDPは約7000ドルで、まだ低いが、ソ連がかなりの都市インフラを整備しており、インドの都市の旧市街のような混沌ぶりは見られない。

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