天才・松本人志の「限界と今後」日本人の笑いにもたらした功罪

彼が日本の「笑いのお手本」となった理由
瀬沼 文彰 プロフィール

「天才」の圧倒的自信が生んだもの

1982年にデビューしたダウンタウンは、大阪で若者からの絶大な人気を得て、89年に東京進出を果たし、90年代には「笑いのカリスマ」と称された。

松本のネタの面白さはもちろん、ボケのセンスや斬新さ、新しい笑いの発見、ツッコミの浜田雅功との掛け合いのフリートークでさえ、しっかりとした漫才として成立していたことなど、成功の理由を挙げればきりがない。これらの「才能論」は、すでに様々な評者や芸人が行っている。

本稿ではまず、松本の才能は一旦横に置いて、社会との関係という視点から「松本信者」が生まれた理由を考察してみよう。

 

1994年に250万部売れた『遺書』、翌1995年に200万部売れた『松本』のなかで、松本は、自らこう言い放った。

「ダウンタウンはほんとうにすごい2人なのである。とくに松本は今世紀最大の天才で、おそらくこの男を、笑いで抜くコメディアンは出てこないであろう」「センスとおつむがない奴にオレの笑いは理解できない」「バカなやつがどうあがいても、ついてこれる世界ではないのだ」

これらの「自画自賛」が意味するもの、それは、松本の価値観がお笑いに「ヒエラルキー」を生んだ、ということだ。

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ダウンタウンが売れる以前は、面白さの序列については、あくまでも芸人の側が気にする問題であって、視聴者は考えなくてもよい問題であった。しかし、松本の登場以降、視聴者たちは「何を面白いと感じるか」によって、自らの「笑いのレベル」が高いか低いかを判断する意識を持つようになった。

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