天才・松本人志の「限界と今後」日本人の笑いにもたらした功罪

彼が日本の「笑いのお手本」となった理由
瀬沼 文彰 プロフィール

「おもしろさ」の呪縛

自分自身を「天才」と称した松本は、実際にその後、笑いのカリスマと呼ばれるようになる。むろん、松本には笑いの才能があった。

だが同時に、90〜2000年代に「カリスマ美容師」が才能や能力とは別にメディアによって仕掛られ、作られたように、「笑いのカリスマ」は松本本人だけでなく、吉本興業やテレビ局による広い意味での「広告」が生み出したものでもあったことは忘れてはならない。

「カリスマ」という惹句と松本の笑いを同時に受容する視聴者たちは、彼の笑いを純粋におもしろいと評価すると同時に、「彼の笑いが理解できなければ、それは自分の笑いのセンスが低いのだ」という意識をもつようになった。逆に、松本のことを笑えれば、理解できた自分の笑いのセンスは高いということであり、自らを肯定することにもつながった。

 

90年代を生きた若者たちは、価値観やライフスタイルの多様化に伴い、勉強、性格、見た目といった、他者から承認を得るための共通軸を喪失した世代だ。そのため90年代は、自分に自信が持てない若者が爆発的に増えた時期でもあった。

この時期に、松本は笑いを通して、若者たちの自己肯定を可能にしたのではないか。こうした意味で、松本の笑いは、本当に面白かったのと同時に、「おもしろくなければならなかった」のだ。

爆発的に売れていく松本を目にした他の芸人たちやテレビ製作者、吉本興業の人々は、松本の笑いが「おもしろくなければならない」という意識をより強く抱いただろう。理解できなければ、最新の笑いについていけないということになるわけだし、より高い水準の番組を作ろうとする上でも、松本の笑いは評価せざるを得なかったはずだ。

この影響を強烈に受けた世代や業界人のあいだで、それは呪縛と化し、現在でもお笑いを「ヒエラルキー」のなかでとらえる傾向につながっている。

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