2020.01.25

忍耐が友達だった、私の22年間

なみちえ プロフィール

——神奈川県茅ヶ崎市、生まれ育った地元の小学校入学当初は帰り道に男子生徒二人から蹴った石をぶつけられながら帰ることがあった。不規則なタイミングで靴の踵にぶつかる石ころのリズムが今も忘れられない。その時はなぜちょっかいを出されているかがよくわからなかった。でもその後も続いたこの出来事をきっかけに自分が黒人のハーフであるから目立つということを確認させられるはめになった。

幼少期の著者
 

性格は学年が上がるごとに引っ込み思案になり20分休みには誰かと遊ぶよりも自分しか読まない漫画を描くことが多くなった。

中学生の頃、一部の男子から「肌が黒くて嫌いだ」と聞こえるように陰口を言われて厄介者扱いされるようになった私は、着ぐるみ製作を始めた。変わらない自分を変えたかったからだ。高校生の時は「髪の毛が鳥の巣みたいだ」「その肌の色で日焼けするのか?」とかって自分だけに特有の質問をされることがとんでもなくストレスだった。

高校2年の春休み終了後、ドイツで父親の妹にしてもらったブレイズ(三つ編みが複数組み込まれた髪型)で登校したら、三つ編みが多いという理由で教室に入れてもらえなくなったので一週間学校を休んだ。暇だったので家入一真の『世界が変わる時、変えるのは僕らの世代でありたい。』を読了。その後学校に行ったらストレス性胃腸炎になったのでまた休んだ。

ブレイズにしていた頃

そのあとは運動部の顧問だった担任がイジリやすい運動部の生徒をイジっているのを教室の一番後ろで観覧。高校生活の最後の方には、美術のことをよく知らない先生たちから形式的に「東京芸大には受からない!」と言われたが、淡々とこなしていた着ぐるみ製作や画塾でのデッサン、表現活動の成果で東京芸大に現役合格してたら高校3年間が終わった。卒業式には行かなかった。

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