2020.02.11
# 音楽

現役ピアニストが語る「ベートーヴェンの全曲演奏はこんなに難しい」

イリーナ・メジューエワ氏に聞く

見かけによらず難しい「かっこう」(第25番)

――それ以外の作品についても簡単に教えて頂けますか?

I:第1番は「小さな熱情ソナタ」とも言われて、「熱情」と同じヘ短調で書かれています。最後の第4楽章も、「熱情」に通じるパッションのかたまりのような世界。やっぱり、初っぱなからそういう世界になってるんですね(笑)。

「自分の世界はこうなんだ!」というのを第1作でマニフェストとして「どん」と出している。

でも、音域はまださほど広くはなく、いわゆる古典派の領域に収まっている。これには歴史的な事情があって、第1番は1793年、「熱情」は1804年の作曲で、その間にピアノが、鍵盤の数が増えたりとか、楽器として大きく進化したんですね。その進化したピアノのスケールに合わせて書かれたのが「熱情」。今回のコンサートでは、そのようなストーリーも感じて頂けるのではないでしょうか。

次に弾く第6番は長調の曲ですが、長調のベートーヴェンって、めずらしくリラックスしてるんです、ユーモアっぽいところもあって。緩徐楽章がなく、その代わりにメヌエット風のアレグレットになっているところも変わっていて面白い。

――後半は「熱情」の前に第24、25番ですね。

I:この2つはどちらも10分ぐらいの短い作品で、2つでワンセットと見ていいと思います。

第24番は「テレーゼ」という副題があって、優しくてロマンティックな曲。シャープが沢山ついている嬰へ長調は当時では珍しい調性で、32曲中でも使われているのはこの曲だけ。その意味ではベートーヴェンでも特殊な曲。黒鍵をたくさん弾くことになりますが、その明るいけれど、ちょっと神秘的な響きを楽しんで頂ければ。

「かっこう」のニックネームをもつ第25番は、個人的にとても好きな作品です。技術的には易しいように見えますが、じつはそうでもない。全体としては確かに易しい方ですが、その中に、急に、びっくりするように難しい部分が1小節だけとか出てくる。その切り替えが精神的に難しい。気を抜いたら絶対、事故が起こるという危ない作品です。(笑)

ベートーヴェンならではの「苦しみを超えた先の光」

――第2回(3月7日<土>夜)についても簡単に。この回の「メインディッシュ」は第21番「ワルトシュタイン」ですね。(そのほかに、第2番、第5番、第19番、第20番)。

I:「熱情」と並ぶ、ベートーヴェンの中期ピアノ・ソナタのもう1つの頂点をなす作品です。「熱情」が暗い情念の世界だとすれば、「ワルトシュタイン」は太陽のように明るい世界。調性もハ長調ですし、対照的な性格です。

「熱情」よりも、よりストレートにヴィルトゥオーゾ性を見せています。ピアノの様々なテクニックを見せる面が強くて、弾きこなすには体力が必要です。

第1楽章はハ長調から始まって、様々な調に展開されていく。その見事な展開と多彩な音色が聴きどころ。ベートーヴェンがピアノという楽器のポテンシャルをフルに発揮させるために作った曲なので、演奏家もその要求に応えなければなりません。