2020.02.24
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シリコンバレーが世界トップのベンチャー企業を生み続ける「秘密」

なぜ、自動運転車が生まれたのか?
松崎 隆司 プロフィール

スタンフォード大学の重要な役割とは

「アップルコンピュータを創業したスティーブ・ジョブズはスタンフォード出身ではなかったが、その後スタンフォードとかかわりアップルコンピュータを創業した。グーグルの創業者もスタンフォード出身、いわばスタンフォードが生み出した会社だ」(ハータ氏)

photo by Getty Images

グーグルの共同創業者、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンは1995年3月にコンピュータサイエンスの博士論文提出志願者のオリエンテーションで出会い、ペイジが研究を進めていたページランクアルゴリズムを使った検索エンジンの事業化には、スタンフォード大学技術ライセンス事務所(OTL)が特許申請を行い、シニア・アソシエイトのルイス・メヒアが支援した。

グーグル設立の際には、スタンフォード大の教授数人とサンマイクロシステムズの創業者の一人、アンディ・ベクトルシャイムらのエンジェル投資家が事業資金を投資した。

「グーグルが急成長を続けるのは、日本の仕組みをうまく取り入れているという点もある。グーグル・プレックスにも、いい人材を確保するために日本でいう飲ミニケーションや福利厚生施設が随所に取り入れられているのです」(同)

ハーター氏とも別れて次に向かったのが、コンピュータ歴史博物館だ。コンピュータ歴史博物館ではコンピュータの誕生からコンピュータが世界を席巻するまでの歴史をさまざまな展示物を通して紹介している。グーグルの創業者たちがつくった初期のサーバーや電子音楽を開発したジョン・チャウニングの機器などが展示されている。案内してくれたのはギャラリーインタープラターの山崎敦史氏だ。

「スタンフォード大以外にもシリコンバレーに大きな貢献をしたグループがいる。ホームブリュー・コンピュータ・クラブ(HCC)という集まりです」

シリコンバレーのコンピュータ愛好家の集まりで、1975年3月5日から1986年12月まで活動していたといわれている。シリコンバレーの技術的な文化を生む基になったともいわれ、スティーブ・ジョブズとマイクロソフト創業者のビルゲイツを描いたテレビ映画「バトル・オブ・シリコンバレー」の舞台となったところである。世界初のパーソナルコンピュータ「Altair8800」の組み立てキットの指南などを行っていた。

「HCCはホビーストの集まりで、Altair8800をベースにハードやソフト作って意見交換していた。『Give to help others(ほかの人を助けるために提供せよ)』という信念のもとにクラブが運営されていました。今でいうオープンソース・コミュニティーのようなものです。ビル・ゲイツとポール・アレンがここで開発したAltair8800用のベイシック・インタープリタは多くのHCC会員に広まっていった。その後HCCの会員に対して500ドルのライセンス費用を求め、それがライセンスビジネスの走りとなりました」(山崎氏)

もちろん山崎氏もスタンフォード大の影響の大きさを否定しない。

「グーグルもそうですが、スタンフォード大学キャンパスネットワーク用に開発したルーターを製品化し発展したのもスタンフォード大です」(山崎氏)

 

シリコンバレーでは、1970年代から80年代にかけてパーソナルコンピューティングからネットワークコンピューティングが広がっていった。これはシリコンバレーだけの動きだった。

「ニューヨークタイムズのテクニカル・エディターであるジョン・マルコフは、1960年代の終わりからベトナム反戦運動が盛んだった70年代にかけて、大企業、軍事産業、国家よりももっと大事なものは何かという議論を起こしました。それが人生は一人ひとりのものであり、自由、LSDとマリファナ、音楽があればいいというヒッピー文化だったのです。そのカウンターカルチャー(対抗文化)とテクノロジーが融合した発想から、パーソナルコンピューティングやネットワークコンピューティングが生まれていったのです」(山崎氏)

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