みずほ銀行を苦しめた「悪夢の記録」が異例のベストセラーになったワケ

読むだけで気が滅入るシステム統合の全貌

1度目はみずほ銀行としてスタートした直後の2002年4月1日、営業初日に発生したATMの障害から始まった。翌日、ATMは回復したが、今度は口座振替の遅延が発生。さらに二重引き落としが約6万件、1日には口座引落とし漏れ40万件が次々と判明した。ようやく混乱が落ち着いたのは5月のゴールデンウィークが明けてからのことで、損失は18億円にのぼったという。

2度目は2011年3月、東日本大震災の直後、義援金の振込みが集中したことを引き金にシステム障害が発生した。ホストコンピュータの夜間一括処理(バッチ処理)がオーバーフローし、その修復に手間取って、オンラインシステムとATMが停止した。ピーク時に滞留した処理は、給与振込みなど220万件に及ぶ。3月15日に表面化したシステム障害は、9日後の24日に落ち着いた。

トラブルの詳細と、みずほ銀行がどのように対応したかについては、ぜひ本をお読みいただきたいが、本稿ではみずほ銀行が直面した課題を見つつ、経済産業省が警鐘を鳴らす「ITシステム2025年の崖」への教訓を拾ってみたい。みずほ銀行が受けた試練を、これから他の日本企業も受けることになるかもしれないからだ。

 

勧銀・興銀・富士銀それぞれの思惑

同行のシステム統合プロジェクトは、1999年8月から2004年の暫定期、2004年から2011年3月までのシステム刷新前期、2011年6月から2019年7月までの後期、この3つに分けられる。システム障害の1度目は暫定期、2度目はシステム刷新前期に起こっている。

企業の経営統合の際、使用しているシステムを統合するのは必然だが、みずほ銀行がつまずいた原因は、まずシステム統合の指針がぐらついたことにあるようだ。

1999年8月の経営統合発表時点では、リテール向けの勘定系システムは第一勧業銀行(以下勧銀)が使用していた「STEPS」(ホストコンピュータは富士通機)、ホールセール向けは日本興業銀行(以下興銀)が使用していた「C-base」(同日立機)にそれぞれ片寄せ(統一)し、2002年4月の新銀行の発足と同時に、システム刷新に着手する方針だった。

ところが、勧銀のSTEPSが稼働したのは1988年と古く、営業店の行員は取引きごとに5桁のコードを入力しなければならないなど、使い勝手が良くなかった。西暦2000年(Y2K)問題をクリアしたあと、新銀行発足後の新システムを検討する中で、旧富士銀の「TOP」(ホストコンピュータはIBM機)を継続使用する案が勢いを盛り返した。

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