脳科学者の中野信子さんの著書『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ新書)は、多くのエビデンスや実例をベースに、脳の仕組みをふまえて「毒親」「親子関係」に悩む人々への救いになる一冊だ。その発売を記念して本書より一部抜粋掲載にてご紹介させていただく。

第1回は「毒親とは何か」について、実例をご紹介いただこう。

なかの・のぶこ 1975年、東京生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学工学部応用化学科卒業。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務後、帰国。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。人とその社会に生じる事象を科学の視点をとおして明快に解説し、多くの支持を得ている。『サイコパス』(文春新書)ほかベストセラー多数。近著に『空気を読む脳』(講談社プラスアルファ新書)、『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ新書)など。

子と競う母

グリム童話『白雪姫』は、継母が娘を殺そうとする物語として広く知られています。しかし、実はグリム童話初版本では継母ではなく、実母が娘を殺そうとする物語であった、というのは、今では有名な話でしょう(二版以降では、実母とするのはよくないという配慮が働いたのか、継母に変更されています)。この物語では、第三者(鏡)に娘と容姿を比較された母親が、娘の美しさを妬んで娘をあの手この手で殺そうとします。  

ごく個人的に聞いた話ですが、私にもこんな友人がいます。この友人の母は、 母親である自分よりも、子である友人が優れていることが許せなかったようでした。もちろん友人からしか話を聞いてはいませんし、彼女のお母様にはまたお母様の言い分というものがあるでしょう。しかし、友人はそれも理解したうえでなお、自身が受けた仕打ちを忘れられないと言います。

学校のテストで百点を取ってその答案を見せても一切褒められることはなく 「そんなテストを自慢げに見せつけるなんて、私をバカにしているの」と吐き捨てるように言う。子どもが自分よりも優秀なことが許せない、また、無邪気に幸せを享受しているのが許せない、子どもと張り合ってしまう……。母親に愛されたい盛りの子ども時代に、この仕打ちはかなりショックだったことでしょう。そういうタイプの母親の話を、彼女以外からもしばしば聞くことがあります。

 

もっと自分が心情的に優しい子であったら、などと述懐するように彼女は時 折つぶやくことがあります。客観的にみればそのこと自体が「優しい子」である証左のようにも思えます。彼女は自身のそうした性格――母親の行動を理性的に受け止める性質――が、良かったことなのか、悪かったことなのか、わからないといいます。冷静に受け止めてしまうそのこと自体が「生意気で可愛げがない」と母親に不安感を与えてしまったのではないかと思っているのです。

彼女はその後、東京大学に進学しました。年齢の割に冷めた子どもだったと 自身で言うだけあって「母はこういう人なんだ」と自分を納得させていたようです。一種独特な雰囲気があり、ドライだと評する人もいますが、一方で、過剰に他人に気を遣うようなところもあります。母のことはそれほど自分の性格に影響を及ぼしてはいない、と言ってはいるけれど、どこか他者に対して一歩引くようなところや、信頼できる人を求めているのかな、と思えるような寂しげなところが見え隠れするような感じもあります。