数学に明け暮れた中・高の6年間。専攻を物理に定め、競技ダンスでもプロになることを勧められるほどの実力を発揮した大学・大学院時代。尊敬する先生と議論するため決断した渡米。
自らの情熱に逆らうことのない人生を送る若手研究者が自らの経験をもとに、素粒子から宇宙に至るまでを理解できる理論物理学の魅力を語る。
原子内部の素粒子から超新星爆発まで、この世界のすべてのモノは、何らかの“物理法則”に従って運動している。
これらはすべて、「理論物理学」の研究対象だ。
慶應義塾大学准教授でKiPAS主任研究員もつとめる山本直希さんはそんな壮大な分野で、自身の好奇心とセンスの赴くままに研究対象を広げている。世界レベルでの「勝負」を重ねる若き理論物理学者の研究の一端を紹介する。
シンプルな理論から非自明な現象を導き出す
山本さんは、慶應義塾大学理工学部物理学科に所属する理論物理学者だ。その研究範囲は、クォークやニュートリノに関するミクロな「原子核・素粒子物理学」から、マクロな「宇宙物理学」まで、非常に幅広い。
これほどダイナミックな研究をするのに基本的に必要な道具は「紙とペン」だけ。
「最近は、iPadとApple Pencilに代わったかな。研究中は、ボーッとしているように見えるかもしれません」と自分の研究中の様子について話す。
しかし頭の中では、シンプルな理論を前提に非自明な現象を解明するための膨大な思考が繰り返されている。
そしてその結果、誰も気づいていないような物理現象を理論的に予言したり、根本的な欠陥のあった従来の理論に代わる新しい理論を生んだりする。

ライフワークの「クォークの閉じ込め」
「クォークの閉じ込め」とは、山本さんが理論物理学に進むきっかけとなり、ライフワークの1つでもある問題だ。2000年に100万ドルの賞金が懸けられた数学のミレニアム問題7問のうちの1問、「ヤン−ミルズ理論における質量ギャップの存在」とも関係している。
この問題がどうしてそれほど難しいのか。それを知るにはまず、物質が何からできているかを知らなくてはならない。

「物質はすべて原子からできている」ことは、中学校で習うから誰もが知っている。もともとこの原子が物質の最小の構成要素だと考えられていたが、今では原子核とその周りの電子からできていることがわかっている。
さらに原子核は陽子や中性子といった核子からできていて、核子はクォークというより小さな粒子からできている。