コロナ危機の深層〜「批判を避ける」ために、他人を煽っていませんか

信頼を失っていく言論
與那覇 潤 プロフィール

ショッキングに見えるよう加工された「データ」で聴き手の感覚を操り、前提の再検討やことばを通じた異論との格闘をスキップして自説を「プレゼン」してゆく風潮 は、対話相手(他者)への配慮がなされる公共的な領域を痩せ細らせてゆきました。

物事は「正しいか、まちがいか」の二者択一であり、誤った選択肢を選んだものは一方的に論破され、痛めつけられても当然——。こうした空気のもとでは、「批判されないことが最優先」という発想が総理大臣から一般市民までを席巻しても、やむを得ないものがあります。

 

今回の危機自体は、人口学的に十分な規模の免疫の成立によって、いつかは終わります。しかしその先も私たちはなお、こうした相互不信がパニックを増幅する生き方を続けるのか。それとももう一度、批判されてもいい・失敗を認めて反省すればやり直せる、たがいの信頼をもとに自由な発言が行える社会を回復するのか。それこそが最大の分岐となるでしょう。

コロナの感染爆発や都市封鎖との類似性から、突然のリバイバルとなったカミュの小説『ペスト』 にある、印象的な一節で本稿を結びます(宮崎嶺雄訳、新潮文庫)。作中で神父が述べる台詞なので、もともとは「神」への信仰に言及した文章ですが、いま私には、それが人間や言論への信頼についてもあてはまるものとして、はっきりと見えるのです。

皆さん。その時期は来ました。すべてを信ずるか、さもなければすべてを否定するかであります。」

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