舐めても安全なのが昔ながらの石けんなのだ。

関門海峡を越えたコラボ
その石けんに抗ウイルス作用があるとはどういうことなのか。
その解明に取り組んできたのが、広島大学の坂口剛正さん、北九州市立大学国際環境工学部教授の秋葉勇さん、そしてシャボン玉石けんの研究開発部長、川原貴佳さんを中心とするチームだ。
その研究の経緯と成果を広島大学の坂口剛正さんに聞いた。

坂口 シャボン玉石けんの川原さんらとの共同研究を始めて十年以上になりますが、ここ数年の成果をお話ししましょう。
インフルエンザウイルスは、コロナウイルスと同じでエンベロープ(外殻)で覆われた粒子です。そのウイルスの表面は脂質二重膜で覆われているので、洗剤の主成分である界面活性剤で溶けます。
山根 洗剤で油汚れがとれるのと同じ?
坂口 そうです。その効果は、自然原料系でも合成系でも同じです。
そこでチームは、まず、両者の抗ウイルス作用の効果の違いを調べました。
山根 実験で使った材料は?
坂口 合成系洗剤の界面活性剤の主成分として、ラウリル硫酸ナトリウム(略称・SDS)とラウレス硫酸ナトリウム(略称・LES)。自然素材無添加石けんの界面活性剤の主成分としてオレイン酸カリウム(略称・[C18:1])を選びました。これらを試薬メーカーから入手し、水溶液にして濃度の違いによる抗ウイルス作用を調べたんです。
山根 どういう調べ方ですか?
坂口 350 mmol/Lの LES、SDS、[C18:1]を、1/10、1/100、1/1000に希釈した3つの濃度の溶液にし、これらを培養したヒトインフルエンザウイルス(H3N2)に加えました。
山根 H3N2は、A香港型インフルエンザのウイルスですね。
アメリカで昨年秋からすでに8000人近い方が亡くなったとされているインフルエンザのウイルスは、このH3N2の亜型が80%だと聞いています。
坂口 変異を起こせば大流行を引き起こす恐れが大きいウイルスであるため、その予防策をふまえて実験にH3N2を選んだんです。
このウイルスに感染させた細胞に試薬の溶液を加えて、一定時間後に、いわばどれだけのウイルスが生き残っているか(残存感染価)を比較しました。
オレイン酸カリウムの圧倒的な効果
山根 結果は?
坂口 3種の濃度とも、[C18:1]が、LESやSDSと比べて著しく低い残存感染価でした。
山根 「残存感染価」とは、ウイルスの感染力がどれだけ残っているか、ということ?
坂口 そうです。グラフのバーが短いほど抗ウイルス作用が大きいことを意味しています。

坂口 このグラフでは、自然素材無添加石けんの主成分、[C18:1](赤で表示)の効果がきわめて大きいことがわかります。グラフの縦軸は対数表示ですから、[C18:1]は最大では1000倍も効果が大きいと言ってよいでしょう。
山根 1000倍! このデータは濃度が1/100ですが、濃度1/10と1/1000ではどうでした?
坂口 やはり[C18:1]が抜きん出ていました。濃度を濃くすればLES、SDSでも抗ウイルス効果は高まりますので[C18:1]との差は1/100ほどではないんですが、優位性は大きい。1/1000に希釈したものでの差はさらに小さいんですが、やはり明らかに[C18:1]の効果が大きいことが確かめられました。
トリインフルエンザウイルスの実験でもほぼ同じ結果でした。
これらの成果は2018年9月に生物医学系雑誌『PLOS ONE』で発表、昨年の日本ウイルス学会では実験中の成果も含めた速報としてポスター発表をしています。
広く普及している合成系のハンドソープの主成分と比べて自然素材無添加石けんの主成分がはるかに高い抗ウイルス作用を持っていたことは驚くべき結果でした。
新型コロナウイルス蔓延の影響ですかね、この論文の閲覧・引用が急増していると聞いています。