熱心に信仰する祖母にとって、他の宗教は邪悪なものだった。自分が信じるものだけが絶対で、正義。だからこそ、他の宗教を信じる人たちのことを、徹底的に嫌うところがあった。
××教の信者は地獄に落ちる。○○教の信者とは仲良くしちゃいけない。近寄れば取り込まれて、自分たちも不幸になる。そんなことばかり言って、他の宗教の信者を生活のなかから排除しようとしていた。
それによって、ある日、ぼくの母は哀しい想いをすることになった。
前世で罪を犯した、と
言い聞かせられてきた母
ぼくの母は生まれつき耳が聴こえない、聴覚障害者だ。彼女は音を知らない。電話が鳴っても気づかないし、地面を叩くような勢いで雨が降り出してもわからない。庭先で飛び交う鳥のさえずりも、後ろから近づいてくる自動車のエンジン音も、ときには泣き叫ぶぼくの声も、彼女の耳には届かなかった。それが母にとっての“ふつう”だった。
そして、そんな母から生まれてきたぼくにとっても、それが“ふつう”だった。
けれど、祖母は違った。
母の上にはふたりの姉がいるが、彼女たちは健常者だ。その後、生まれた母だけが障害者だった。その事実は、祖母をとても苦しめた。どうして健康に生まれてこなかったのだろう。なにがいけなかったのだろう。祖母は散々悩み、そして宗教にすがりついたのだ。
熱心に信仰すれば、音を拾えないはずの母の耳も治る。そんな甘い言葉を信じて、祖母は神様に祈りを捧げた。もちろん、娘たちにも信仰させた。とりわけ母には「自分自身のためなんだから」と言い聞かせ、神様へのお祈りを習慣づけた。
あるとき、そんな母がこぼしたひとことがある。
――お母さんは、前世で悪いことをしたの。その罪を償うために、障害を持って生まれたんだって。
聞けば、母は繰り返し祖母にそう言われて育ったという。だから彼女は、朝晩のお祈りを欠かさなかった。その横顔は、なんだか少しだけ寂しそうだった。
