耳の聴こえない母にできた、新しい友達

とはいえ、盲目的に信仰する祖母とは異なり、母はそこまで熱心な人ではなかった。ぼくがお祈りをさぼると、「時々、面倒になるよね」と笑って見逃してくれた。もちろん、それが祖母にバレると、ぼくも母もこっぴどく叱られるのだが。

そんな母は子どもの頃から友達が少なかったらしい。そして大人になるとそれは顕著になった。ぼくが小学生の頃、いまから25年ほど前は携帯電話もまだ普及しておらず、メールを介したコミュニケーションも存在していなかった。つまり、電話が使えない彼女にとって、遠方に住む友達とやりとりする手段がなかったのだ。

 

学生時代の友達も、没交渉が続けば疎遠になってしまう。ぼくが知る限り、母が友達と連れ立って出かけることは数えるくらいしかなかった。

けれど、あるとき、そんな母に新しい友達ができた。いまでもその日を鮮明に覚えている。

授業が終わり、ぼくが帰宅すると、玄関先に知らない女性がいた。初めて見る顔だったので訝しみながらも、「こんにちは」と挨拶をする。その横をすり抜けるようにして家に入ると、女性と向かい合うようにして母が立っていた。このふたりはなにをしているんだろう。

すると女性が母に向かって、手を動かした。手話だった。

――この子、お子さん?

母はうれしそうに答える。

――そう。大って言うの。小学生。

そして女性はぼくと向き合い、こう言った。

大ちゃん、こんにちは。おばさん、お母さんと友達になったの。もう少しだけお喋りしていってもいいかな」

突然のことに驚き、ぼくは掠れるような声で「はい」と頷き、そそくさと居間へ向かった。振り返ると、ふたりはとても楽しそうに手話で会話を続けていた。