5・15事件と元エリート職員の反乱劇から考える「創価学会の未来」

組織・マネジメント論から見えること
秋山 謙一郎 プロフィール

創価学会の元エリート職員たちの憂い

その戦後の昭和を象徴する宗教のひとつ、それが創価学会(以下、学会)といえよう。かつて「仏の軍勢」と呼ばれた学会は、今や公称840万世帯の会員数を誇る「宗教界のガリバー」だ。その学会では、5月3日を「創価学会の日」と定めている。学会中興の祖と呼ばれる池田大作氏が、1960年、第3代会長へと就任したことが由来だという(出所:創価学会HP)。

若き日の池田氏が学会の指揮を執っていた頃、学会では、軍に擬した組織づくりが行われていた。分隊、その上部組織に班、部隊という組織形態、情報参謀や、池田名誉会長も就いたこともあるという参謀室長といった役職名は、たしかに、どこか軍隊を連想させる。

この軍に関連した5・15事件や2・26事件を紐解くにつれ、かつて「仏の軍勢」と呼ばれた学会という組織やそこに連なる人々の輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。

かつて「鶴のカーテン」に覆われてその内情がなかなか表に伝わってこないとされた学会は、平成のはじめに宗門と決別、その後は赤、青、黄色の「三色のカーテン」へと変えたが、その実情は変わらず謎に包まれたままだ。長らく政権与党の一角を占める公明党の最大にして、唯一の支援団体であり、創設団体である学会という組織風土について、昭和の初め、軍エリートたちが引き起こした事件に準えてみていきたい。

信濃町にある創価学会総本部(筆者撮影)

「学会のために声をあげる会員たちを処分するな!」
「本部執行部よ、創価三代の精神にかえれ!」

こうしたプラカードを通称・信濃町、東京都新宿区の創価学会総本部周辺で掲げるのは、かつて創価学会のエリート職員だった野口裕介、滝川清志、小平秀一の3氏のシンパたちだ。この元3職員は、今では学会職員どころか学会員ですらない。現在は、学会とは完全無縁の立場ながら、かつて自らが属した学会と、今なお学会に残っている会員たちを憂いて、独自の立場でサイレントアピールや座談会開催するといった活動を行っている。

 

彼ら元3職員の主張は、ただひとつ、「今の学会は池田名誉会長の精神から反している」ということだ。2015年の安全保障関連法案、いわゆる安保法制の容認、会長をはじめとする幹部が会員との対話を拒み続けていること、機関紙『聖教新聞』を用いた“師匠(池田大作名誉会長、以下、池田名誉会長)利用”が著しく、これらはすべて池田名誉会長の精神に違背したものであるとして、原田稔創価学会会長ら、長谷川重夫同理事長、谷川桂樹主任副会長らの辞任を求めると同時に、自分たちと“対話”を行うよう求めている。

これを、もうすこし踏み込んだ筆者なりに咀嚼すると、現在の学会は、池田名誉会長の精神をおざなりにし、会長以下、執行部の幹部たちが、会員の話を聞かず、横暴に振舞っている。だから会員たちは苦しんでいる……、なので、自分たちと対話し、辞めるなり、自分たちの提言を受け入れろといったところか。

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