5・15事件と元エリート職員の反乱劇から考える「創価学会の未来」

組織・マネジメント論から見えること
秋山 謙一郎 プロフィール

その彼らが自ら筆を執った著作にはこう記されている。

《学会本部は、今、師匠である池田名誉会長の平和思想に反し、明らかに間違った方向に向かっている。創価変革のため私たちが本書を執筆することを、池田先生は必ず喜んでくださると確信する》(『実名告発 創価学会』野口裕介、滝川清志、小平秀一著・金曜日刊)

この元3職員の言い分に、ある学会関係者は、真っ向から噛みつく。

「彼らこそが、自分たちの都合に合わせて先生(池田名誉会長)を利用しているではないか。会長、理事長、主任副会長……、この人たちは誰の意向で、それぞれの役職に任命されているのか。そこをよく考えろと言いたい」

この学会関係者の言葉から、筆者が、ふと思い出したのが、2・26事件の首謀者、磯部浅一元一等主計(大尉相当、陸軍士官学校38期卒)だ。彼は、事件後、陸軍刑務所に収監時、天皇(昭和天皇)を“お叱りする”日記を綴っていた。その磯部は『獄中日記』にこう記してある。

《天皇陛下、此の惨タンたる国家の現状を御覧下さい、陛下が、私共の義挙を国賊反徒の業と御考へ遊ばされてゐるらしいウワサを刑ム所の中で耳にして、私共は血涙をしぼりました、真に血涙をしぼつたのです》(『獄中手記』磯部浅一著・中公文庫刊)

現在の学会を2・26事件当時に準えれば、たしかに元3職員が青年将校、池田名誉会長は昭和天皇、原田氏ら、学会の会長、理事長といった要職に就く人たちは、かつての2・26事件連座将校が、「君側の奸」と見做し、攻撃した重臣たちと重なってみえる。

だが2・26事件時の昭和天皇に準えられる池田名誉会長は、2010年頃から公の場に姿を現わしていない。そのため、学会員たちの間では、もっとも「信心の濃い町」と称される学会の本陣、東京都新宿区信濃町の学会総本部近辺で、元学会の青年将校ともいうべき3元職員らが頻繁に行う「サイレント・アピール」と称する活動を、池田名誉会長が「真に会員を憂いた言論戦」と捉え、これを評価するか。それともサイレントアピールに名を借りた単なる威圧行動、もしくは、対話と称して銃口を学会に突きつける、ただ学会に迷惑をかける言論クーデター、単なるテロ行為と切って捨てるかは知る由もない。

 

しかし、歴史的事実として、2・26事件では、みずからが信頼する重臣を、一挙に、殺害された昭和天皇の青年将校への怒りは凄まじく、「朕が股肱の老臣を殺戮す、此の如き兇暴の将校等、其精神に於ても何の恕すべきものありや」とまで述べたくらいだ。

この昭和天皇の怒りという一事をもってすると、先に触れた2・26事件の首魁、磯部による「昭和天皇へのお叱り」は、国を憂い、国民を思い、天皇のためにと言いながらも、もっとも天皇をないがしろにしていたのは、実は磯部をはじめとする2・26事件連座将校だったといえよう。

そうしてみると、学会員のため、池田先生にお喜び頂けるだろうと言いながらも、その池田名誉会長に近い立場にある原田会長ら執行部への攻撃を行う元3職員は、結果的に、「もっとも池田名誉会長や学会員をないがしろにしている」(学会地区部長のひとり)という声があるのも頷けるものがある。

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