検察は安倍首相を逮捕しない…「検察庁法改正」の根本的問題と今後

これは疑獄事件の一幕だ
河合 幹雄 プロフィール

私の知る限りでは、最高検察庁の会議室で、○○政治家を検挙するかどうか検事総長以下、東京地検特捜部に連なるラインの幹部で議論して決めていた。

その結果、多くの政治家の逮捕は、見送られてきたと推察している。実際、先ほど名前を挙げた政治家が政治生命を失っていれば、日本の歴史は異なったものになっていたであろう。

1950年代後半以降1980年代はじめまでは、世界の中での日本の発展は見事なもので、多くの政治家検挙を見送ったことは正しかったとの主張には一定の説得力がある。

唯一の例外が、田中角栄逮捕である。このときだけは、田中の大きな貢献と、大きな弊害をどう考えるか特別に吟味したと、私は伝え聞いている。

富士山麓のある宿泊施設で、検察幹部だけでない有識者も加えて、田中逮捕した場合と、見送った場合の、その後の日本社会がどうなるか1週間もかけて議論したと言われている。

検察の目があるから長期政権があった

以上のような歴史を踏まえれば、検察は、政府と距離を取って腐敗監視する役割をすることと引き換えに特捜という特別な権力を与えられている構造が理解できる。

検察は、日本のためにというより、何よりも検察のために必ず腐敗を追及しなければならない。検察庁法改正を強行すれば、特捜による厳しい追及を避けられない。

国民との関係で言えば、検察が見張ってくれているから自民党に投票してきた人が多いのではないか。

自民党がオゴリ過ぎてはいけないということが言われるが、国民サイドから見れば、検察によるチェックがあればこそ長期政権を認めてきたと私には見える。

 

政治学のほうから、派閥による疑似政権交代ということが、自民党の長期政権の説明に使われるが、検察の存在も大きいように思う。いずれも長期政権が陥りがちな腐敗を防ぐ歯止であった。これを失えばどうなるのか。

結論は簡単である。自民党の長期政権は続かない。たとえ一時的に栄華を誇ったとしてもである。自民党の幹部の誰かが安倍首相を諌めなければならない状況と私には見える。

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