コロナ禍で多くの人が「日本の異常事態」を認識したという「希望」

「ニューノーマル」の時代に向けて
辻野 晃一郎 プロフィール

コロナ禍を変革の好機に

コロナ禍は、2011年の震災とは比較にならないレベルで世界中に大きな犠牲をもたらし変化を促している。今度こそ、日本にとってもあらためて変革の好機としなければならない。

「ニューノーマル」は、単に従来のライフスタイルやワークスタイルが変わるということだけにとどまらない。社会の仕組みを刷新し、人間と地球との付き合い方を変えていかなければ人類の生存が危うくなる、というくらいの大きなテーマだ。

そもそも「ノーマル」とは「正常」や「標準」という意味だ。したがって、ニューノーマルとは、「新しい正常」や「新しい標準」という意味になる。「新常識」といってもいいだろう。

そうであれば、ニューノーマルを語る前に、オールドノーマル、すなわち「古い正常」や「古い標準」、「古い常識」とは何だったかについて振り返っておかねばならない。

ニューノーマルについては、世界を俯瞰した地球規模の論考が重要だが、本稿では日本に照準を絞って考えてみたい。特に私が今回指摘しておきたいのは、オールドノーマルの中で目立ち始めた「アブノーマル」、すなわち、この国でここ数年続いている異常事態についてだ。

 

感染爆発を防いだ「日本人の潔癖性」

「日本モデル」などと胸を張っている神経が理解できないが、今回、感染拡大抑制のための政府の対応は、習近平氏の来日予定やオリンピック開催などを気にした初動の遅れに始まり、その後の対応もことごとく後手に回ることが続いてきた。

PCR検査体制の拡充がいつまでも進まなかったことなどはその典型で、多くの人たちがもどかしい思いをした。検査の遅れが原因で救命できなかった人も相当数いるだろう。

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