コロナショックで、日本の「都市計画」「まちづくり」はこう変わる

コンパクトシティのゆくえ
饗庭 伸

それは良いことなのか、悪いことなのか。単純な変化が短い時間でおこる場合、それに対する対応も単純になるので、一律的な判断は有効である。しかし複雑な変化が中長期間でおこる場合、それに対する判断も複雑になるので、複数の異なる判断が同時並行で行われる方がよい。

つまり第一波はともかくとして、来るべき第二波、第三波、新たな脅威を考えると、民営化、分権化を進め、マネジメントの単位を細かくしてきたことは悪いことではない。都市はたくさんの小さな、それぞれが固有の動作を持つマネジメントの単位で動かされているのであり、私たちにできることは、状況に即して、それぞれのマネジメントの単位を使って、出来るだけ的確にきめ細かい制御をすることである。

それが最大限にうまく機能したとしても、結果として感染症への対応は、場所によって強弱があるデコボコしたものになるだろう。隣のまちと、自分のまちの対応が異なることに憤慨する人もいるが、異なることはもはや当たり前のことなのである。

〔PHOTO〕iStock
 

都市の密度とコンパクトシティ

では、都市の空間をどうマネジメントすべきなのか、そこで何ができるのだろうか。

人口減少が始まったここ10年ほど、都市計画では「コンパクトシティ」という言葉がさかんに語られるようになった。人口が減り、空間が使われなくなるので、広がりきった低密度な都市を小さくまとめていこう、高密度にしていこう、という考え方であり、国土交通省が2005年頃から掲げてきた方針である。

先に述べた通り、この考え方も民営化と分権化が進んだあとに掲げられたものなので、号令一下、日本中の都市がコンパクトシティ形成に向かっていたわけではなかった。都市を構成する一つ一つのマネジメントの単位が、この考え方を吟味し、マネジメントの方法を少しずつ変化させているところだった。

そして感染症への対応は、コンパクトシティという考え方に新たな意味を加えることになるだろう。それは中心部の密度をあげ、外側の密度をさげる、といった単純な考え方ではなく、状況に応じて細やかに空間の密度を制御するという、密度を動的に制御する考え方への進化である。その具体的な方法をマネジメントの一つ一つの単位が身につけていかなくてはならない。それは具体的にはどういう方法なのか、考えうる4つのアイデアを示しておこう。

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