読者を異世界へといざなう、桃源郷の番人
その廣嶋玲子の最新作が、「怪奇漢方桃印」シリーズだ。『怪奇漢方桃印 いらんかね? 退魔封虫散』(発売中)『怪奇漢方桃印 いかがかな? 相思相愛香』(2020年8月6日発売)と2か月連続で発売される新シリーズでは、「グリム」などのもつ説話集としての面白さと、「ナルニア国物語」のもつ異世界への旅としてのファンタジーが同居している。
ふしぎな漢方薬を売る桃さんは、必ず、日本のどこかにある具体的な場所に現れる。そこは、東京であったり、愛知であったり、はたまた大分の山中かもしれない。
物語の発端も、友達への嫉妬であったり、自分のふがいなさへの悔しさだったり、軽いいたずら心といった、誰もが経験するちょっとした感情だ。

その当たり前のだれにでもある感情が廣嶋玲子の筆を借りると、ちょっとしたホラーになったり、人情話になったり、かけがえのない勇気の物語へと見事に昇華していくのを「怪奇漢方桃印」では存分に味わえる。
しかも人間ドラマとしておもしろいだけでなく、その街中で出会っただけのおじいさんが、実は、登場人物だけでなく、読者をも異世界へといざなう、桃源郷のいちばんえらい番人として、スケールの大きな世界でも活躍しているのを肌で感じることができるという、まさに一粒で二度おいしい物語がひろがっているのだ。