5つの文字世界(ラテン文字/ギリシア・キリル文字/アラビア文字/梵字/漢字)を比較しながら世界史を描き出す鈴木董氏の最新刊『文字世界で読む文明論 比較人類史七つの視点』から、世界の食文化の多様な歴史を解説します。
豚を食べてはいけないイスラム教
文化によって、食べてよいとされるものと、食べてはいけないとされるものが厳しく決まっているのは、近年、日本でも話題になっているムスリム、すなわちイスラム教徒用のハラール食などを通じて、知られてきた。
たしかにアラビア文字圏としてのイスラム圏の信仰の根幹であるイスラムでは、その戒律であるシャリーアによって、食べてはならないものが厳しく決まっている。
第一は、豚肉と豚を原料とするすべてのものである。豚由来のものがいけないというのは、かつて国民の圧倒的多数がイスラム教徒のインドネシアで、我が日本の化学調味料の製造に豚由来の物質が使われているというので大騒ぎになったことにも表れている。
これに加えて、羊や牛のように食べてもよい動物の肉についても、シャリーアにのっとって、「大慈大悲のアッラーの御名において」と唱えたあとで、動物ののどを一気にかき切り、そして血をすっかり抜いてから処理せねばならないことになっている。

豚肉がタブーで宗教の戒律に従って処理された肉以外は食べてはならないというのは、一神教の先輩のユダヤ教も同じである。ともに、豚は不浄の生き物だからというのである。
「四本足のものは机と椅子以外何でも食べる」漢字圏
これに対し、同じ一神教でもユダヤ教の改革派というべきキリスト教では、肉食についてのこのような戒律はない。ただ、カトリックの場合、イエス様が十字架にかけられたことになっている金曜日には肉食を避けて魚を食べようということになっている。
梵字世界の源泉となったインドのヒンドゥー教では、イスラムやユダヤ教で不浄の生き物とされた豚とはちがって、牛が今度は神聖な動物として食べてはいけないことになっている。
そして、ヒンドゥー教の元となったバラモン教の改革派の一つであるジャイナ教では、殺生はいっさい封ぜられており、肉食はいっさい許されない。
これに対し、ジャイナ教と同じくバラモン教の改革派の一つの仏教で、スリランカやインドシナ半島大陸部のビルマ、タイ、ラオス、カンボジアで今も栄えている上座部仏教では、こうした厳しい食のタブーはないようである。
漢字圏となると、儒教にはこういう食のタブーがまったくない。逆に中国については、「四本足のものでは机と椅子以外、空を飛ぶものでは飛行機以外、何でも食べる」とまでいわれる。
広東では、ヘビも「龍」、猫も「虎」ということになって「龍虎なんとか菜」などといって食べられるそうである。日本にも入ってきて果物を食い荒らし、有害動物に
されてしまっているハクビシンも中国では食べるそうで、これが新しい感染症の病源となって騒ぎになったことがある。
同じ漢字圏のヴェトナムでも、牛、豚、鳥と何の肉でも食べるようである。