2018年、この驚くべき研究成果を発表したのは、進化発生生物学を専門とする二階堂雅人氏(東京工業大学)のグループだ。二階堂氏は遺伝子から生物進化の謎を追い、なぜ生物はこれほどまでに多様なのかという壮大な問いに挑んでいる。
一方で、匂いやフェロモンといった嗅覚の分子メカニズムに注目し、独創的な研究を展開しているのが、嗅覚生物学のパイオニアとして知られる東原和成氏(東京大学)だ。二階堂氏と東原氏が共同研究を行っていることから、2019年に両氏への同時取材が実現した。
私は思い切って「人間にもフェロモンはありますか?」と尋ねてみた。もしかしたら……というかすかな期待を抱きつつも、ダメ元で。だが、待ち受けていたのは予想を超える展開だった。最新研究によって、フェロモンの秘密のベールはどこまではがされたのか。
奥深きフェロモン・ワールドへ、いざ参らん!

あの人はフェロモンを醸している?
われわれ生きものは、自分をとりまく外界からさまざまな情報を受け取っている。そして、それにより、どのような行動をとるかが変わってくる。
私たちが情報として受け取っているシグナルは、大きく2つある。一つは化学物質だ。化学物質を頼りに情報を受容する味覚や嗅覚は、化学感覚と呼ばれる。そしてもう一つが光、音、熱、圧力などの物理的なシグナル。その情報を受容しているのは視覚、聴覚、触覚などの物理感覚だ。
では、フェロモンはどちらか? フェロモンは化学物質。嗅覚系の管轄だ。
だが一般的には、「色気」や「性的魅力」とほとんど同じような意味で「フェロモン」という言葉が使われている。例えば、美女やイケメンのグラビア写真を見ながら「フェロモン出すぎだよ~」という具合に(視覚情報ではないはずだが……)。
なぜ「フェロモンは異性を惹きつける」というイメージが浸透しているのだろうか?
1959年、世界で初めて確認されたフェロモンは、カイコ由来の「ボンビコール」だ。その物質はアルコールであり、カイコの学名 Bombyx moriにちなんで、そう名付けられた。ボンビコールを産生し放出するのは雌のカイコだ。雄のカイコはボンビコールを受容すると、その放出源である雌に近づき交尾姿勢をとる。
ボンビコールのように性行動に関する物質を「性フェロモン」という。私たちがフェロモンに対して抱くイメージは、性フェロモンの働きに由来しているのだろう。しかし、これまでの研究からは、他にもさまざまなタイプのフェロモンが見つかっている。
アリなどの昆虫では「道しるべフェロモン」、仲間に危険を知らせる「警報フェロモン」がよく知られている。他にも「集合フェロモン」「分散フェロモン」等々。
フェロモンの定義は「ある動物個体が体の外に発し、同種の他個体に受容され、特定の反応を引き起こす物質」であり、つまりフェロモンが作用する相手は異性とは限らないのだ。
泣き落としの技?「涙フェロモン」
ここで、哺乳類のフェロモンで最近話題となったものを1つ紹介したい。
哺乳類では、げっ歯類のフェロモンに関する知見が多い。とくにマウスでは、フェロモンにより発情の促進、妊娠阻害、性周期の同調などが引き起こされることが知られている。