量子力学は、アインシュタインも認めた"因果律"を破れるか

時間の矢が逆方向に放たれる可能性
高水 裕一 プロフィール

怪・その2 存在は"観る者"が決定する! 時間は?

もう1つ、量子力学ならではの奇怪な性質があります。というか、これこそが最も変てこで、最も難解な、いまだに解決されていない大問題です。

例えば、ボールをA地点からB地点に転がせば、誰かが見ていようと見ていまいと、ボールはA地点からB地点へ転がりました。しかし、なんと! ミクロの量子世界では、素粒子をボールとみなすと、ボールの状態は、誰かが見ることによって変化してしまうのです。

A地点で止まったまま、あるいはどこかでポンポン跳ね回っている、こうしたさまざまな状態が、それぞれある確率をもって同時に存在し、観測者が観測することで、対象の状態は1つに決定されます。そして決定されてしまえば、それ以外の可能性は一瞬で消滅してしまう、というのです。つまり、あなたがボールを見ることで世界が変わってしまうのです!

さらに、SFの「並行世界」のように、観測してもさまざまな可能性は消滅せず、同時に存在しているという考えも出てきました。この問題について考える思考実験として、非常に有名なのが「シュレディンガーの猫」です。

シュレディンガーの猫

外からは中が見えない箱に猫を1匹入れて、箱の中を放射性物質のラジウムで充満させます。

さらに青酸ガス発生装置と放射線量測定装置を入れて、この2つを接続します。これは、ラジウムがα崩壊を起こして放射線(α線)を放出したら、それを放射線量測定装置が感知し、それによって青酸ガス発生装置が起動して青酸ガスが出てくるようにしたものです。

α崩壊が起これば、箱の中は青酸ガスで満たされ、猫は確実に死にます。そして、1時間の間にラジウムがα崩壊を起こす確率は50%とされています。つまり、1時間後に猫が生きているか死んでいるかは、それぞれ50%ずつの確率というわけです。

【図】シュレディンガーの猫シュレディンガーの猫。猫の生死はあなたが観測するまで決まらない

この思考実験のポイントは、ラジウムのα崩壊はミクロの素粒子的なスケールの現象なので、α崩壊が「起こった状態」と「起こらない状態」のどちらか1つには決まらず、半分ずつの確率で同時に存在していることです。

つまり、猫が「生きている状態」と「死んでいる状態」が、同時に存在していることになるのです。どちらか1つに決まるのは、あなたが箱を開けて、中を観測したときです。あなたの責任は重大です。

それにしても残酷な設定で、子どもに量子力学について教えるとき、どんな顔をしてこの話をしたらよいのやら悩みます。シュレディンガーはこの思考実験で、次のようなことを言いたかったようです。

  • ミクロの素粒子ならともかくマクロの猫で、「生きている状態」と「死んでいる状態」が同時に存在するなんてことがありえるだろうか?
  • 観測によって猫の生死まで決まるというのは無理があるのではないか?
  • いったいミクロとマクロの境界はどこにあるのか?

シュレディンガーは自身も量子力学の研究をしていましたが、この理論にはまだ欠陥があると思っていたようです。じつは、この鋭い指摘への答えは、いまだに出されていません。

さらに現在では、宇宙の誕生に話が広がってきました。

宇宙はインフレーションという現象によって急激に膨張しましたが、広がった宇宙は完全に均質ではなく、量子力学の対象となる極小スケールのムラがあり、このムラが宇宙の構造の「種」として宇宙を豊かなものにしました。しかし、このムラが「種」として実体をもったのはなぜでしょうか。それは誰かが観測したからです。しかし、できたばかりの宇宙で、いったい誰が観測したのでしょうか?

ここまでくると、さすがに「神さま」という答えに頼りたくなりますが、いつかこの超難問に取り組んでみたいと思います。

この記事は、ブルーバックス 『時間は逆戻りするのか』より作成しました。

時間の不思議と逆戻りの謎を巡る旅、連載「時間は逆戻りするのか?」
次回は、8月15日の配信予定です!

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