アフターパンデミックの生き方は「大阪の笑い」に学べ

「おもろい」は地球を救う
大原 浩 プロフィール

面白さは「人間の条件」?

私は静岡県の浜松市で生まれ、1970年の大阪万博の年に関西へ引っ越した。浦沢直樹氏の「20世紀少年」で描かれる大阪万博に私は大いに共感するが(映画3部作すべて観賞した)、若い世代の読者はどうであろうか? 

とにかく、今では想像もつかない一大国家イベントで、万博会場の裏手にあった我が家に、それまで(その後も…)聞いたことがないような遠縁の親戚が次々と(万博見学のために)泊まりに来たことが、強烈な印象として残っている。

そして、それ以上に驚いたのが大阪の「文化」である。最近も、大阪では、(レーザー銃のような)新型肺炎検査の非接触式体温計を店舗入り口で向かけられると「うわっ、やられた!」などと言ってもんどりうつボケが普通に行われているという話が流れている。

大阪のお笑い文化は誇張されて伝えられることが多いが、この話の真偽は別にして、私が転校した時に受けたカルチャーショックはまさにこのレベルである。

同級生たちは、みんなテレビで見る(大阪は東京を含むその他の地域と番組編成がかなり違う)吉本新喜劇の役者並みに面白いのに、「冗談の1つも言えない」私は大いに劣等感を感じたものだ。

さらにショックだったのは、クラスの可愛い女子たちもみんな面白かったことである。大阪では、ファッションモデルやレース・クイーンのような美女たちでもかなりコテコテのギャグをブチかます。幼少期から英才教育?を受けている彼女たちには、それが自然なのだ。

 

少々極端な言い方をすれば、大阪で「お前おもんないな」(面白くないな)という一言は、全人格を否定する「死刑宣告」に等しい(あくまで私の私見…)。

だから、「面白い」ことは関西では「人間の条件」であるとさえ思える。

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