2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設で殺傷事件が起きた。「生産性のない人間は生きる価値がない」。植松聖死刑囚は犯行直後こう語っていた。奇しくも事件から4年を迎える直前には、ALSの女性が殺害された事件が話題となり、「役に立つ生」という発想に取り憑かれた私たちの社会をめぐる議論が盛んになっている。
『群像』2019年10月号に掲載された、文筆家の木澤佐登志氏による随筆は、こうした問題の一面を切り取っている。ここに再掲する。
ある番組が映したこと
食卓で両親とテレビを見ていた。そのときテレビには知的障害者の男性が映し出されていた。その某国営放送の番組は、相模原障害者施設殺傷事件から明日で3年という節目に作られた特集らしかった。
冒頭、アナウンサーが「全国の18歳以上の男女に電話で世論調査を行ったところ、障害者への差別や偏見は「社会にある」と答えた人が80%近くにのぼりました」と言った。すると、もう片方のアナウンサーが、「今回は、障害のある人が地域に出て働こうとする現場に注目します。差別や偏見をなくすために、どんな支援が必要なのでしょうか」と言った。それがこの特集のテーマらしい。
それで、テレビに映し出されたのが上述の知的障害者の男性だったわけだが、ナレーションでは「軽度の知的障害」と紹介されていた。
「軽度」とは一体具体的には何を指しているのか、いまいちよくわからないのだが、ともかく「軽度の知的障害」があると紹介されたその31歳の男性Tさんは、かつて病気の母親と二人暮らしだったが、ほとんど学校にも通わず、働くこともなく、要するにひきこもりのような生活を送っていたという。
およそ2年前に母親が高齢者施設に入所したことをきっかけに、障害者支援団体のグループホームで暮らし始めた。そこで職員のサポートを受けながら定職につくことを目指しているのだという。
「やるしかない。もう逃げちゃだめだと思って」そうカメラに向かって語るTさんは、グループホームの職員と一緒に飲食店のような場所で働くことになる。しかし、Tさんは複数の作業を行うことが苦手で、明らかにその仕事には向いていないように見えた。