実際、LIMのメンバーを募ったときも曲が難しく、東京藝大の人間でないと弾きこなせなかったという。奏者であるLIMのリーダー石井さんに当時の話を聞くと、こんなコメントを返してくれた。
「在学中から、クラシック以外の演奏会をやる機会はけっこうあって、ぼくもいくつか携わってきました。その中でも多田さんの曲は、ちょっと他と違うぞという感覚がありました。すごくマニアックだったし、変拍子縛りのかなり難しい曲ばかりでした」

多田さんが、「全曲変拍子」にこだわるきっかけは何かあったのだろうか。
「変拍子をやろうと思ったきっかけは、世界的なミュージシャンSting(スティング)でした。2012年頃に方向性を模索していたときのことです。彼のある曲を聞いたとき、『すごくかっこいいのに、曲の途中で変拍子をやめてしまってもったいないな』と思いました。あるいは、『アルバム全曲が変拍子だったら面白いのに』とも」
「全曲変拍子は無謀な感じがするけれど、そっちの方が表現としては断然魅力的です。ならばそっちに行こう。そう決めたんです。山登りやフィギアスケートといったスポーツもそうでしょう。無謀な高みを目指して、身体能力の限界に常にチャレンジするからこそ、そのパフォーマンスは人を魅了するし、感動が生まれるんじゃないでしょうか」
“無謀”な挑戦を重ねて、2020年現在、LIMは少しずつ国内外から注目を集めるようになった。だが、世界を突然揺るがしたコロナ禍は、LIMの活動や音楽プロデューサーの仕事にも大きな影響を与えたのではないか。
「4月5月と、開催が決まっていたツアーやコンサートはゼロになりました。でも、2か月間ずっと家にこもって純粋に音楽だけに向き合うことができたので、収穫が2つありました。1つは新しい曲が書けたこと。
それに新しい手法、文学だと文体というのかな、そういうものも発見できました。具体的には15拍子のループを作れることがわかったので、これからいろいろと試して洗練させていきたいですね」
経済的な打撃はあったものの、多田さんはいたって前向きだ。経営者から音楽プロデューサーへキャリアチェンジ。こう聞くと突拍子のない感じがする。
けれども、「みんなに支持される、かつ他がマネできない唯一無二の商品を目指す」という意味で、実は両者はそれほど遠い存在ではないのかもしれない。多田さんは、もともと経営者として磨いてきたスキルを、音楽で生かしている真っ最中だ。