「黒人は何を歌ってきたのか」が差別的質問になりうるワケ

「黒人の歌」のイメージからの脱却
ウェルズ 恵子 プロフィール

差別から理解へ

さて、「アメリカの黒人は何を歌ってきたのか」という問いに戻ろう。

奴隷制の時代から豊かにあったはずの黒人民謡(アフリカン・アメリカン・フォークソング)については、それを大事と思う人がいなかったために記録が乏しく、全容がわからない。

黒人が自由を得てからは、音楽活動が収入に直結したために、流通した内容は市場の要求に合わせて調整されるので、すべてを「黒人の声」として聞くわけにはいかない。

加えて、黒人は音楽に優れている、黒人といえばポピュラーミュージック、という短絡は、クラシック音楽の活動を含めた他の有意義な活動に厳しい制約があった人々の歴史を顧みない、一面的なイメージの押し付けになる。

「Shall I Die?」の楽譜
 

だが同時に、別の方向から考えることもできる。

黒人が、表現の自由をことごとく潰されてきた中で、せめて歌に創作の楽しみと文化継承のチャンスを得ていたのであれば、記録にバイアスがかかっていようとも、人々の気持ちを歌に読み取ることは可能だろう。

特に古い時代の黒人の《声》を聞く、数少ない資料の一つとして歌や音楽に耳を傾け、その時からいままで、黒人が何を発信してきたかを真摯に問うのは、差別の壁を越える有効な方法だと思う。

最後に、これまでの説明と議論での「黒人」を、読者は男性だけで想定して読んではいないだろうか。黒人の女性は、男性よりもさらに強い抑圧を受けて、社会の表舞台で活躍するのが本当にむづかしかった。

人種差別と性差別の両方に目を向けつつ、黒人の音楽文化に耳を傾けていきたいと筆者は思う。次回は、ゴスペルソングとブルーズ、ラップの話を。どうぞお楽しみに。

(つづく)

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