嘘の代償
「とくちゃん、アプリを教えてくれてありがとね。私の婚活、もうすぐ終わっちゃうかも!」
西麻布のラーメン店で小ぶりの餃子をつつきながら、留美は上機嫌で徳光の肩を叩いた。
「さすがに早すぎないか?積極的に婚活するのは賛成だが、結果を急ぐのはオススメしないぞ。例の商社マン、上手くいったのか?」
「あの商社マンは......」
留美は言葉に詰まる。結局、直彦に返信はしていない。
けれどなぜだか、あのヒョンビン似の男の顔は留美の頭から離れずにいる。
たった一度、1時間に満たないほどしか過ごしていないのに。しかもそのわずかな時間は、口論となっただけなのに。
「なんだよ、ただのチャラい男だったか?」
「ううん真逆。馬鹿正直な空気の読めない男で、私がちょっと怒っちゃったの」
渋々答えると、徳光は「ほう......」と神妙な顔で考え込んだ。
「外面の良い留美が初対面でキレるなんて珍しいな。いいんじゃないか、その男」
「ええ!?」
意外な返答に、留美はつい大きな声を出す。
「で、でも......私、そのあと医者の男に結婚を前提に付き合おうって言われたの。真面目なお坊ちゃんで、私をお姫様みたいに崇めてて......」
そのとき、スマホが振動していることに気づいた。噂をすれば佑太郎から着信だ。
まだ告白の返事はしていないが、あの夜以来、彼は毎日LINEや電話をくれる。
「『留美さんみたいに古風な美人は僕の理想だ』とか言うのよ。やっぱり女は愛されるのが一番よね」
留美は『後で掛け直す』のボタンをタップし、豪快にラーメンを啜る。
「いや......留美は顔だけは良いから、そいつ、お前に理想を押し付けてるだけじゃ......」
ブーッブーッブーッブーッ
またしてもスマホが佑太郎の着信を知らせる。留美は再び『後でかけ直す』を押したが、数秒後、スマホは当然のように振動した。
仕方なく席を立ち、通話ボタンを押す。同時に、佑太郎の切羽詰まったような声が響いた。
「留美さんっ?今どこですか?自宅にいないんですかっ!?」
「あの......今は友人と食事をしてて......」
その勢いに思わず気圧される。一体彼は、何にそれほど焦っているのか。
「どこで?誰とですか?」
「えっと......西麻布で、古い友人と......」
「まさか、男じゃないですよね!?」
「女の子ですよ」
咄嗟に嘘をつくと、彼が安堵の息を吐くのが分かった。
「それにしても、こんな時間に西麻布なんかにいるなんて......。そうだ、すぐに車で迎えに行きますよ!店の名前は?」
「い、いえ。もうすぐ帰るので、大丈夫です!!!」
――な、なんなの、この男......!?
しばしの押し問答の後、留美はようやく電話を切って席に戻ったが、そこには勝ち誇った顔をした徳光が待ち構えていた。
「ほらな。その医者に決めるのは時期尚早だろ。冷静に見極めろよー」