しかし、実は催眠術は知ってしまえば誰でもできる、私たちの身近にあるものなのです。実際に催眠術を体験するには? そして、日常生活への応用方法とはどのようなものがあるのでしょうか?
現代新書の最新刊『はじめての催眠術』著者の催眠術師・漆原正貴氏が、面白くて不思議な催眠術の世界へと誘います!
催眠は誰でもできる
「催眠術師をやっている」というと、物珍しそうな顔で見られます。
催眠という単語を知らない人はまずいないでしょう。しかし日常の中で催眠を目にする機会は少なく、ほとんどの人にとっては怪しいイメージに留まっています。テレビの企画などで催眠を見ても、半信半疑の方も多いかもしれません。
私も催眠を自ら体験するまで、そのような現象が本当にあるとは信じていませんでした。ところがある日、自分自身が催眠にかかり「腕が曲がらなくなる」という経験をして、その認識は一変しました。ただ淡々と伝えられる言葉を聞いているだけで、自分の意思に反し、身体が動かなくなる。大袈裟に言えば、それまで信じてきた世界が崩れるほどの衝撃でした。

以来、東京大学大学院では催眠の認知科学研究を行い、また実践者として催眠の習得に努めてきました。
催眠では、次のようなことが、ただ適切に言葉を伝えることによって起こります。
・腕を曲げられなくなる
・椅子から立てなくなる
・水が甘くなったり酸っぱくなったりする
・目の前のものを好きになってしまう
・自分の名前を忘れる
こうした催眠の手法の多くは、広くは解説されていません。催眠についての秘密は多くありますが、その中で最も大きなものこそ「知ってしまったら誰でもできてしまう」ということです。
本来、催眠については「素人が行うべきものではない」という指摘もあります。かつて催眠は、政府によって禁止されてさえいました。しかし近年、催眠の技法は動画投稿サイトやWEBの記事を通して、専門家以外にも浸透しつつあります。
催眠についての誤った知識が広まっている現状を考えると、催眠が特権的なツールとして一部の人だけの知識に留まるのではなく、むしろ当たり前のように正しく理解されているほうがよいのではないかと年々感じるようになってきました。
催眠とはつまるところ、言葉であり、コミュニケーションの技法です。
適切なセリフを伝えることができれば、感情や味覚、身体感覚などを実際に変化させることもできるのです。そう考えると、「言葉を使った仕事をしている人」にとっては参考になる部分が多いでしょう。事実、催眠の知識を持った上で見渡すと、近しいメカニズムで感覚に訴えかけている広告やプレゼンテーションに気づくようになります。
また催眠は、目の前の人との信頼関係を築き、いま相手がどのようなことを考えているのかを想像しながら、徹底的に寄り添う技術でもあります。催眠で使われるテクニックの中には「相手を否定しないでどのようにこちらの要求を達成するか」など、日常の人間関係やビジネスシーンにも応用が効くものも多々あります。そうした意味では、催眠は誰にとっても知る価値があるものです。
催眠の持つ特別なイメージを破壊して、素朴な面白さを知ってもらうには、「自分で体験する」以上に強力な方法はありません。
そこで、催眠にまつわる正しい知識と、誰でもできるやり方を、共に解説する入門向けのテキストを書こうと考えました。
催眠研究を知らずとも、催眠の技術を習得することは可能です。ですが、催眠研究を踏まえることで、技術習得が容易になると私は考えています。そこでまず、催眠についての誤解を正すところから始めましょう。