2020.09.15

竹中平蔵氏、処女作出版時に「共同研究独り占め」騒動を起こしていた

成果を横取りしていた…
佐々木 実 プロフィール

発表を拒否されたにもかかわらず…

竹中の処女作『研究開発と設備投資の経済学 経済活力を支えるメカニズム』が東洋経済新報社から出版されたのは一九八四(昭和五九)年七月のことだった。設備投資研究所で顧問をつとめる宇沢のもとには竹中から献本が届けられた。

「竹中君がこんな本を送ってくれたよ」

設備投資研究所で、宇沢は鈴木和志に本を見せた。鈴木と共同研究した内容が入っていたからだ。ところが、鈴木は本を見て、驚いた顔をしている。不審に思った宇沢がたずねると、献本がなかっただけでなく、竹中が本を出版したことすら知らなかった。激しいショックを受けていることは傍目にも明らかだった。宇沢や同僚たちがいる前で、鈴木は泣きだしてしまったのである。

 

じつは、本を出版するかなり以前に、竹中は鈴木のもとを訪れていた。共同研究の成果を竹中個人の名前で発表することの承諾を求めたのである。鈴木は拒否した。

「ふたりで研究したのだから、発表するならふたりの名前で発表してほしい」

鈴木は竹中にそういった。結局、話し合いはつかず、ふたりは別れた。このあと、竹中からは何も知らされることはなかった。しかも突然出版された本には、承諾しなかった共同研究の成果が収められていたのである。それは鈴木にとってもアメリカでの研究の集大成だった。悔しさのあまり、鈴木は涙を流したのだった。

ふたりが共同研究を発表した経緯は前に述べたとおりである。竹中の本が出版される二年前、設備投資研究所の『経済経営研究』に発表した「税制と設備投資」がふたりの研究成果だった。

エイベルの投資理論を日本経済に適用した実証研究は、竹中の処女作の価値を高める重要な論考だった。そこには、「税制と設備投資」で行った実証研究の結果が引用されていた。ペンシルベニア大学でふたりの研究作業を見ていた小川一夫の証言では、「データのハンドリングは鈴木さんのほうがやっていた」のだから、実証研究は鈴木が主導していたことになる。

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