日本と北朝鮮だけ。経口避妊薬承認までに44年…

女性が自分で使え、避妊の成功率も高い経口避妊薬が開発・発表されたのは、今から65年前の1955年。それからこの薬は、「女性解放の印」として世界各国の女性たちに歓迎された。

ピル解禁後、世界ではフェミニズム運動が盛んになる。写真は1977年ワシントンで開催された女性権利のデモ。photo/Getty Images

しかし、この時点ではホルモン含量が高く、副作用も多いことが課題でもあった。1970年代に入ると、日常的に使っても副作用が少ない「低用量ピル」が開発され、流通。これにより、月経のコントロールを含む月経に関わる様々な問題から開放されるようになる。さらに、家族計画もしっかりたてられるようになり、『経口避妊薬は女性の社会進出と子育てという夢の両立を下支えした』という論文も海外では出るようになっていった。

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一方日本はどうだったのだろうか。
1960年「月経異常などの治療薬」として中高用量ピルは販売され、1964年には『排卵抑制剤』という付帯説明がついたものも販売された。しかしそれからまもなく、『排卵抑制』の用語が禁止となり、実質、月経異常の治療薬としてのみ存在するようになった。病院で月経異常と診断されない限り、入手することができない薬だったことになる。

その後、世界で『低用量ピル』が流通して10年以上経過した80年代、日本家族計画協会を筆頭に、低用量ピルを避妊の目的で認可できるように、水面下での動きがやっと始まった。しかし、承認が見込まれては様々な理由で先送りされ続け、最終的に、低用量ピルの認可がないのは、「世界で北朝鮮と日本のみ」という驚くべき状況が生まれてしまった。

その後空白の期間が続き、日本で『低用量ピル』が承認されたのは1999年。すなわち、「経口避妊薬」が認可されるまでに、日本では開発から44年もの月日がかかったのだ。

44年もの間沈黙していたものが、なぜ承認されたのか……? その背景にあったのが、『バイアグラ』の異常なほどの早期承認だった。