低用量ピル承認直前、男性たちが恐れたこととは

このように承認までに、驚くべき経緯と時間を辿った低用量ピルだが、承認が決まり、日本の男性たちは、このピルをどう受け止めていたのか。

承認前、幾度か国会内でも低用量ピルに関するやりとりがあった。政府側からは「コンドームは使用法が適切であれば避妊効果も十分高く、また、使用に当たって不可欠な男性の協力については、保健所等における新婚家庭等に対する指導を通じてその確保に努めている」といった答弁が繰り返されている。

しかし一般的に、実際コンドームの破損やピルの飲み忘れなどを加味した避妊成功率は、コンドームで82%、低用量ピルで91%と言われている。この違いを前にしても、政府にとってはコンドームも「避妊効果は十分」だったし、1999年当時の話ではあるが、「新婚家庭等に対する指導」をすれば問題がないという考え方だった。

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「男性の協力」が果たしてあったのかは、大いに疑問があるところではあるが、政府の答弁からはそれが主軸にしていたことが伺える。ちなみに、世界的に確実な避妊と性感染症予防のためには、コンドームとピルなどを併用するダブルメゾット推奨されている。

またこういった思考は、政府だけでなく、メディアにもあった。1999年当時、性に関する主な情報源は雑誌だった。私は雑誌のみを集めた図書館で、低用量ピルに関して言及がある当時出版された雑誌の中身を、片っ端から調べたことがある。    

その中には低用量ピル認可を男性目線で語った記事もあった。そこには、ピルが承認されるとどうなるのか、男性たちの本音も書かれていた。主な例をあげると以下の3つの内容のものが多かった。

1)女性が妊娠を恐れずにセックスできるようになり、女性が性に奔放になる。
2)セックスが女性主導という「女性上位革命」が起こる。
3)奔放になった女性たちによって男性が性感染症の危機にさらされる。
 

実際のタイトルはこんな感じだ。
「政府の『ピル解禁』で気になる妻の性・娘の性(『週刊B』1986.2.27) 
「お待たせピル、避妊も女性主導で不倫も加速」(『週刊Y』1999.3.21)
「警告 ついに恐怖の新「アマゾネス時代」へ 泣くのは男だ!ピル解禁SEXで起こるとんでもない深刻事態」!」(『週刊T』1999.3.29) 
「近くピル解禁 男たちを、この恐怖が襲う!妊娠は心配ないが、性病がコワイ」(『週刊Y』1986.3.9)
「ピル解禁で SEX はこう変わる!妊娠の不安もなくオレたちはやりまくれるのか、それとも...」 (『週刊P』1986.4.7)

記事には、「これさえ飲んでいれば(女性が)いつでも、誰とでも、何回でも妊娠を恐れずにセックスをひたすらエンジョイできることになる」「産む、産まないが、完全に女性の手に握られ、男はセイコウなダッチ・ハズバンドになりさがる、と心配です...」「妊娠の恐怖を使った女性支配の終焉」「ピル解禁は男と女の力関係は全く違ったものになるだろう」(『週刊H』 1990)といった言葉が並ぶ。

性的表現のコンプライアンス的な部分は、現在とは異なるのでそのあたりは加味する必要はあるが、記事からは当時ピルによって女性が妊娠不安から解放されること、それは、「女性上位革命」という名の脅威と受け取られていたことも読み取れる。本来、女性が自身を守るために必要な当然の権利にすぎないのだが、男性にとっては「女性の性的自立を促し、性行為における主導権を男性から奪い、それによる性感染症蔓延を引き起こしかねない脅威」なのだと……。

当時は今と違って、ネット文化はなく、雑誌メディアが情報ツールの上位だった。photo/iStock

この風潮は、研究者 が分析した、「日本男性は、ピルを飲むなどして自分の身体は自分で守るという明確な姿勢を持つ女性より、すべてを男性に任せる女性を好む」という態度とも合致するし、何より、公の審議の場で交わされた「認可されれば女性の性行動が活発になりエイズなどの性感染症の蔓延が危惧される」(1997年)という厚労省保健医療局長 の発言とも合致する。

ただ、ここで一点述べておきたいのは、ピルを飲んだだけで女性が男性の上位になれるなんてことはあり得ないということだ。ピルを飲んだとしても、飲み忘れなどもあり、完全に妊娠不安から解放されるのは難しい。そしてもし完全に解放されたとしても、そこでやっと妊娠不安という点だけで男性と同等になれるにすぎず、決して上位にはなれない。それを理解せず「女性上位」と感じてしまうのはなぜなのだろうか。