我々が釜石で試合をするのは「必然」
釜石鵜住居復興スタジアムは靄に包まれていた。メインスタンド背後の山も、バックスタンド後方にある海と隔てる水門も、薄墨を撒いたような靄の向こうに霞む。それは幻想的な景色だった。
2020年9月5日。
その日は「黄金の國・いわてプレゼンツともだちマッチ」と銘打った、釜石シーウェイブスとヤマハ発動機ジュビロのラグビー試合が組まれていた。

世界は新型コロナウイルスCovid-19の猛威に晒されていた。プロ野球、Jリーグ、大相撲、Bリーグは無観客試合から競技を再開していたが、企業スポーツが主体で、開催シーズンも異なるラグビーにはリーグ再開の気配はなかった。
そんな9月、ヤマハ発動機ジュビロは釜石を訪れた。試合は、両チームのサポーター限定ながら、スタンドに観客を入れて行われた。2020年4月に緊急事態宣言が発令されて以降、初めて公に行われたラグビー試合だった。
観客にはあらかじめ、名前と連絡先を記入した観戦カードの準備を求め、受付で検温と消毒を実施した。渡されるリストバンドには指定席の番号が明記され、その席は間隔を空けて指定された。大声を出しての応援、応援歌を歌うことも禁止された。告知は両チームのホームページなどを通じて、ごく控えめに行われたが、当日は雨の中を923人のファンがスタジアムにかけつけた。


岩手県は、全国47の都道府県で、最後まで新型コロナウィルスの感染判明者が出なかった県だ。7月末に最初の感染者が確認されたが、その波も釜石市には届いていなかった。そんな時期に、釜石に、遠方からラグビーチームがやってきて、観客も各地からやってきたら、もしかしたら……そんな懸念も受け止めた上で、試合は行われた。
「我々がこの日、釜石で試合をするのは必然だと思うんです」
ヤマハ発動機ジュビロの堀川隆延監督は、試合の前日、練習会場に向かって歩きながら、そう言った。

「必然」
堀川監督がその言葉を口にした理由は、9年前に遡る。