2020.10.14
# 映画

【今日は鉄道の日】寅さんの聖地を鉄道でめぐる巡礼旅10選

SLの時代から鈍行列車でゆるゆると
岡村 直樹 プロフィール

映画『第三の男』へのオマージュ

『寅次郎 心の旅路』(宮城県栗原電鉄/湯布院と勘違いしてウィーンへ)

飛行機嫌いの寅さんが、空を飛んでとうとう外国の土を踏んだ。目的地は、音楽の都・ウィーン。シリーズも終盤に入った第41作『寅次郎 心の旅路』(1989年)である。マドンナは竹下景子。

 

寅さんを乗せて走っていたローカル私鉄が急停車した。何事ならんと乗客がざわめくと、心身症をわずらったサラリーマンの坂口兵馬(柄本明)が自殺を図ったとわかった。死に損なった彼の胸の内を聞いているうちに、ウィーン旅行に誘われた寅さん。その気になった。目的地を大分県の湯布院(ユフウィーン)温泉と思い込んで。

寅さんが自殺願望の男を助けたのは、宮城県の栗原郡を走行していた栗原鉄道である。東北本線の石越駅から西進して、栗駒山のふもとにあった細倉マインパーク前まで(25.7km)を結んでいた。終点の細倉には、岐阜県の神岡鉱山と肩を並べる鉛・亜鉛鉱山と精錬所があり、栗原電鉄は鉱山の貨物輸送を営業の柱としていた。

しかし、昭和63(1988)年に細倉鉱山は閉山となり貨物輸送が廃止されたことから経営が行き詰まる。平成7(1995)年には電化を廃し、社名も「くりはら田園鉄道」と改め、新型気動車(ディーゼルカー)を導入するなどの企業努力をつづけたものの、平成19(2007)年に力尽きて廃止となった。

残念至極だが、「くりでんミュージアム」で憂さを晴らすとしよう。若柳駅や車両基地を利用した鉄道資料館である。KD10形、KD95形の車両を展示したり、運転シュミレーターで運転体験もできる。

宮城県の北部を走っていた栗原鉄道(くりはら田園鉄道)でのハプニングをきっかけに、寅さんはウィーンへと旅立つ(『寅次郎 心の旅路』)

沿線は大崎平野の穀倉地帯であり、秋は黄金色の穂が波打つ中を、気動車がのんびりと走っていた。映画では、ちょうど田植えの季節で、右も左も腰をかがめた農婦らが作業に追われていた。寅さんが車掌(笹野高史)と馬鹿っ話にふけっていた折に、事故が突発したのだった。

出張族が利用する路線ではない。パソコンを抱え込んで会議のリポートづくりなどは彼らに任せて、移り変わる車窓の風景をのんびり楽しみたいものですな。

さし迫った要件があるわけではない。「疲れがスーッと抜けるような温泉でさ、女将さんがやさしくって、酒がうまくって、どこかこのへんに、そんな気のきいた温泉ねえかい」とでも言って、車掌さんともども鳴子温泉に繰り込めば、この世は極楽だ。

ウィーンを舞台とした映画は数々あるが、本作は『第三の男』へのオマージュといってよろしかろう。じっくりとご観賞あって、どの場面が該当するか探してくださいな。

「停車場」と呼ぶのがふさわしい駅舎

【おまけの旅】

第22作『噂の寅次郎』(1978年/大井川鐵道)

本作は、大井川鐵道が実に効果的に使われている。川と鉄道の相性の良さを語ってくれる作品である。マドンナは大原麗子。柴又に帰った寅さんは、例によって一悶着、大井川沿いにやってきた。世界最長の木造橋としてギネスブックに登録されている蓬莱橋だ。

その橋を渡ってきた寅さんに、旅の雲水(大滝秀治)がすれちがいざま、「まことに失礼とは存じますが、あなた、お顔に女難の相が出ております」「わかっております。物心ついてこのかた、そのことで苦しみ抜いております」。失恋中の女性(泉ピン子)を助けたのが女難第一号。失恋女が、ラストシーンで新婚旅行に乗っていたのが大井川鐵道だ。この場面は、鉄ちゃんが随喜の涙を流すだろう名場面である。

第42作『ぼくの伯父さん』(1989年/水郡線、唐津線)

水郡線の車中で、頑固な老人(イッセー尾形)と大立ち回りを演じる寅さん。老人が立っているのに、高校生ふたりがボックス席に座っていることに腹を立てた寅さん、高校生を席から引きずり出して老人に席をすすめる。と、老人は、「おら、爺さんと呼ばれるほどの年寄りでねえ!」。けんかは袋田駅にまで持ち込まれ、駅長の仲裁で手打ちに。

ラストシーンは、九州の唐津線小城駅。赤電話に10円玉を忙しく放り込みながら、さくらに電話する寅さん。ホームは枯れ葉舞う秋の夕暮れ。孤独が寅さんの胸を浸す。

第28作『寅次郎紙風船』(1981年/夜明駅)

暑い夏は北海道、寒さの残る季節は九州でバイをするのが寅さんのパターン。本作の冒頭で寅さんが降り立ったのは、久大本線(久留米~大分)と日田彦山線が分岐する夜明駅。

この路線は、山田監督のお好みらしく他の作品にも登場する。ロマンチックな名をいただく夜明駅に魅せられたのだろうか。「停車場」の表現がふさわしいたたずまいだったが、駅舎は建て替えられて当時の風情は薄れた。この駅からの一番電車に乗ってみたい。

『寅次郎紙風船』で、寅さんが降り立った久大本線・夜明駅。旅情をさそう駅名だ
久大本線(久留米~大分)は山田監督のお好みらしく、何作もの作品に登場する。鉄道と潜水橋が交錯する天ヶ瀬駅近く

岸本加世子と寅さんが絡むシーンは、無類の面白さだ。

第34作『寅次郎真実一路』(1984年/廃線駅のホーム)

蒸発した企業戦士の富永(米倉斉加年)を探す妻(大原麗子)を助けて、鹿児島にやってきた寅さん。指宿枕崎線に乗って、あちらこちらを探し歩いているうちに妻に熱を上げてしまう。だが、富永は妻の元に戻って、寅さんの恋は夢と散った。

そして、ラストシーン。テキヤ仲間のポンシュウ(関敬六)ともども鹿児島交通(南薩鉄道)の伊作駅で列車を待つ。だが、同線は廃線となった直後。待っても列車は来ないはずだ。ふたりは失敗を笑い飛ばして、枕木の上を歩き出すのだった。

第37作『幸福の青い鳥』(1986年/筑豊屈指の駅)

日本海沿いを走る山陰本線の車中。検札に回ってきた車掌(イッセー尾形)に釣り銭の220円をチップとして渡そうとする寅さんに対し、車掌はいっかな受け取らない。チップの押し付けあいの末、乗務員室に逃げ込んだ彼を追って、ドアをこじ開けようとしゃかりきの寅さん。他の乗客の失笑を買っているのに気付かない。「馬鹿だねえ、まったく」。

マドンナ役は志穂美悦子で、九州の筑豊に住んでいるとの設定。彼女は田川伊田駅で寅さんと別れる。この駅にはJR九州の日田彦山線、平成筑豊鉄道の伊田線、田川線が乗り入れる。石炭産業華やかなりし頃、筑豊の鉄道網は全国屈指の密度だった。

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