怪談社は、糸柳寿昭と上間月貴の両名を中心に怪談実話を蒐集し、トークイベントや書籍の刊行を行う団体だ。その二人が全国各地の忌み地、いわくつき物件を中心に取材。その情報を作家・福澤徹三が書き起こしたのが、怪談実話集『忌み地』『忌み地 弐』(講談社文庫)である。同書から選りすぐりの怪談実話をお届けする。

「あいつを呪いたいんです」
その夜、糸柳は取材の帰りに赤坂で「怪談のシーハナ聞かせてよ。」のディレクター、K丸さんと番組の打ちあわせをした。
次のゲストについて話していたとき、K丸さんがふと思いついたように、
「そういえば、いままで訊いたことなかったけど、糸柳さんっていままで怖い体験はないんですよね」
「ないね」
「ですよね。どちらかっていうと否定派だし」
「まあね。けど、ようわからんことは、いくつかあったよ」
十五年ほど前、糸柳は大阪で絵画関係の仕事をしていた。
その夜、仕事を終えた頃、自宅を兼ねた事務所に知人のWくんが訪ねてきた。
Wくんは当時二十代なかばの男性で、彼の勤務先には顔見知りが何人かいる。
「悔しい。マジ悔しいっす」
Wくんは事務所に入ってくるなり顔をしかめて、そう繰りかえした。
なにがあったのか訊くと、会社の同僚に裏切られたという。
「営業の手柄をとられたうえに、ミスを押しつけられたんです。そのときは、おれがまぬけやったと我慢してたんですけど──」
その同僚がきょう昇進したので、頭に血がのぼったらしい。